チェックリストに登録させて頂いている、大好きなアメブロサイトさん\(≧▽≦)丿♪
私…読者登録する勇気なくて…、コメントさえも残せなく…、やっとの思いで、ペタリ☆させて頂くだけとか…。
それでも、ご迷惑になってないだろうか?と思ったり…。
アタシみたいな人間などに、見られたくないかも…とか。
それでも、定期的にお伺いさせて頂いては、いろいろな生命力のパワー頂いたり、ココからコッソリと、ささやかでもいいので、繋がりを感じたい…と、願っては…。。。
皆さん、ほんとに、ごめんなさい!!!
決して、前向きな考え方・言葉だけが、勇気を頂くわけでもなく、後ろ向きな思いに、胸をズキン…★と、生命力を与えられたり、人として、大切なことを教わるのです。
人って、1人じゃないんだなー、と。
ブログは、誰でも書けて、誰でも読めるという所に、素晴らしい面があると感じる。
有名・無名問わず、市井に生きる人々の言葉が、生きて存在する場所。
文学として捉えれば、どうしても、高い場所にたどり着く程、安心感や、自己肯定を抱いてしまい、胡座をかいてしまう。
そこで、もう、文学として、成立たない気がするのだ…。
文学=危機感や不安定さから、生まれるものという感覚。
『作家になった時点で、すでに、文学は生み出せない。』
というような言葉を、何かの本で読んだが、ブログこそ、生身の文学にだって、捉えることができるのかもしれない。
…とか、私は感じたりしますが…。
文章って、難しい表現をしたから、決して、上手だとは限らなく、自分の言葉で、どれだけ語れるか?だと感じる。
そのためには、常に、安易に流されないで、毎日に、危機感(様々な疑問や、自分という人間は、どんな人なのか?見つめるというか)を持って、生きる…。
私は、ほんとに、変人なくらい、一々考えるてしまう性格で、周りからは、うっとうしいわぁ…って言われちゃいますが…。
そりゃあ、うっとうしいだろうね…(汗)
でも、いつもは、頭や心で、考えているだけで、たまに、ブログに書いたり、自分の日記に書いたりして、それを、口に出すことは滅多にない。
普段は、相手に、理論や理屈を語るよりは、実行を大切にしよう!と思ってるので。
(←銀色夏生さんの本で、似たような考え方に触れて、感動しました。)
この気持ちと体のアンバランスな肉体の影響が、=危機感や、不安定さな中で、今の毎日があることから、考える癖というか、趣味?を持ったもので、…あるかもしれなく、人間、何から何が、生まれるか?わからないものだ。
とにかく、今より動けていたcherryは、あんまり考えなく、繰り返した同じ毎日を流してた記憶がある。
…だから、私は、書くという意味では、安定した生活とは、とりあえず、今は…、無縁でいたいのかもしれない。
もうほんとに、障害の進行や、栄養状態の部分で、辛くて…入院して、療養生活とか、今年退院したばっかの時期とか、考えたけど、いや…体を休めたいと思った時点で、自分じゃなくなる!と、怖くなった。
私って、ストイックな生き方なのかも…。。。
だけど、体資本でもあり、無理して、病気をどん底まで悪くしてしまったら、今あるもの、全てを、そりゃあ、簡単に失ってしまう…。
そんなこと想像するのも、ゾッとしちゃうし…。
悪い状態にも、慣れてしまうから、自分の体のサインにも、耳を済ませてあげないとね。
仲良くして頂いてる、アメブロガーさん、これからも、よろしくお願い致します(*^_^*)
私…読者登録する勇気なくて…、コメントさえも残せなく…、やっとの思いで、ペタリ☆させて頂くだけとか…。
それでも、ご迷惑になってないだろうか?と思ったり…。
アタシみたいな人間などに、見られたくないかも…とか。
それでも、定期的にお伺いさせて頂いては、いろいろな生命力のパワー頂いたり、ココからコッソリと、ささやかでもいいので、繋がりを感じたい…と、願っては…。。。
皆さん、ほんとに、ごめんなさい!!!
決して、前向きな考え方・言葉だけが、勇気を頂くわけでもなく、後ろ向きな思いに、胸をズキン…★と、生命力を与えられたり、人として、大切なことを教わるのです。
人って、1人じゃないんだなー、と。
ブログは、誰でも書けて、誰でも読めるという所に、素晴らしい面があると感じる。
有名・無名問わず、市井に生きる人々の言葉が、生きて存在する場所。
文学として捉えれば、どうしても、高い場所にたどり着く程、安心感や、自己肯定を抱いてしまい、胡座をかいてしまう。
そこで、もう、文学として、成立たない気がするのだ…。
文学=危機感や不安定さから、生まれるものという感覚。
『作家になった時点で、すでに、文学は生み出せない。』
というような言葉を、何かの本で読んだが、ブログこそ、生身の文学にだって、捉えることができるのかもしれない。
…とか、私は感じたりしますが…。
文章って、難しい表現をしたから、決して、上手だとは限らなく、自分の言葉で、どれだけ語れるか?だと感じる。
そのためには、常に、安易に流されないで、毎日に、危機感(様々な疑問や、自分という人間は、どんな人なのか?見つめるというか)を持って、生きる…。
私は、ほんとに、変人なくらい、一々考えるてしまう性格で、周りからは、うっとうしいわぁ…って言われちゃいますが…。
そりゃあ、うっとうしいだろうね…(汗)
でも、いつもは、頭や心で、考えているだけで、たまに、ブログに書いたり、自分の日記に書いたりして、それを、口に出すことは滅多にない。
普段は、相手に、理論や理屈を語るよりは、実行を大切にしよう!と思ってるので。
(←銀色夏生さんの本で、似たような考え方に触れて、感動しました。)
この気持ちと体のアンバランスな肉体の影響が、=危機感や、不安定さな中で、今の毎日があることから、考える癖というか、趣味?を持ったもので、…あるかもしれなく、人間、何から何が、生まれるか?わからないものだ。
とにかく、今より動けていたcherryは、あんまり考えなく、繰り返した同じ毎日を流してた記憶がある。
…だから、私は、書くという意味では、安定した生活とは、とりあえず、今は…、無縁でいたいのかもしれない。
もうほんとに、障害の進行や、栄養状態の部分で、辛くて…入院して、療養生活とか、今年退院したばっかの時期とか、考えたけど、いや…体を休めたいと思った時点で、自分じゃなくなる!と、怖くなった。
私って、ストイックな生き方なのかも…。。。
だけど、体資本でもあり、無理して、病気をどん底まで悪くしてしまったら、今あるもの、全てを、そりゃあ、簡単に失ってしまう…。
そんなこと想像するのも、ゾッとしちゃうし…。
悪い状態にも、慣れてしまうから、自分の体のサインにも、耳を済ませてあげないとね。
仲良くして頂いてる、アメブロガーさん、これからも、よろしくお願い致します(*^_^*)