ドラマ『小児救命』を観ていました。
気管支喘息を患っている、11歳の女の子。
仕事に忙しい両親。
両親からは、しっかりした子どもだから、大丈夫と信頼されている。
寂しくても、支えが欲しくても、ただ待っているしかない、子ども。
私もそうだったなぁ~と、思いました。
つい感情が溢れて、涙が滲んだ…。
私の両親も、共働きでした。
入院中、面会時間になると、同室の子達の、お母さんが来て、賑やかになった病室に、居ずらくて、
私は、母の仕事が終わる夜にならないと、会えないので、ナースステーションの側で、1人でウロウロしていたなぁ~。
寂しそうにしてる私に、声掛けてくれる看護師さんもいたし、反対に、面会時間にきちんと来て、「お世話になってます。」と、親がお菓子持参で、ナースステーションに挨拶する子を、親達がいなくなった環境では、特別にえこひいきっぽく、可愛がる看護師さんもいたりで、大人に対して、人間性というものを、斜めで見る子どもになってしまってたなぁ…。
母からは、娘(私)の病気を認めたくない、関心を持ちたくないという姿勢が見えることが多かった。
仕事に逃げれていいなぁ~と思ってしまったこともあった。
「病気は、あなたの人生に起こったことだから。」
と、自主性(病気と向き合うのは、私自身)を求められたけれど、私はまだまだ子どもで、わからないことばかりで、頼りたい甘えたい、大人を必要とする、10歳だったんだよね…。
だけど、母は、当時、まだ30代後半~40代で、きっと背負うものの重さに、耐えられなかったんだろな…。
そうより思えるようになったのは、私が、だんだん母の年齢に近付いてきたから、わかることで…。
母の事情や、いろいろ大変だったろうなぁ…と。
私自身が、助けられたかった子どもだったから、何よりも、子どもの支えになりたいと、養護教諭(保健室の先生)をめざして、進学したのかもしれない。
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仕事に忙しい両親。
両親からは、しっかりした子どもだから、大丈夫と信頼されている。
寂しくても、支えが欲しくても、ただ待っているしかない、子ども。
私もそうだったなぁ~と、思いました。
つい感情が溢れて、涙が滲んだ…。
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入院中、面会時間になると、同室の子達の、お母さんが来て、賑やかになった病室に、居ずらくて、
私は、母の仕事が終わる夜にならないと、会えないので、ナースステーションの側で、1人でウロウロしていたなぁ~。
寂しそうにしてる私に、声掛けてくれる看護師さんもいたし、反対に、面会時間にきちんと来て、「お世話になってます。」と、親がお菓子持参で、ナースステーションに挨拶する子を、親達がいなくなった環境では、特別にえこひいきっぽく、可愛がる看護師さんもいたりで、大人に対して、人間性というものを、斜めで見る子どもになってしまってたなぁ…。
母からは、娘(私)の病気を認めたくない、関心を持ちたくないという姿勢が見えることが多かった。
仕事に逃げれていいなぁ~と思ってしまったこともあった。
「病気は、あなたの人生に起こったことだから。」
と、自主性(病気と向き合うのは、私自身)を求められたけれど、私はまだまだ子どもで、わからないことばかりで、頼りたい甘えたい、大人を必要とする、10歳だったんだよね…。
だけど、母は、当時、まだ30代後半~40代で、きっと背負うものの重さに、耐えられなかったんだろな…。
そうより思えるようになったのは、私が、だんだん母の年齢に近付いてきたから、わかることで…。
母の事情や、いろいろ大変だったろうなぁ…と。
私自身が、助けられたかった子どもだったから、何よりも、子どもの支えになりたいと、養護教諭(保健室の先生)をめざして、進学したのかもしれない。
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