世界は僕を必要としていない
僕も世界を必要としていない

~ドラマ・あしたの、喜多義男から~


私も、ふと思う時がある。

「世界は僕を必要としていない。」

と…。


でも、私は世界を必要としているんだけどね。
だって、1人だと、何もできないから。

寝ること、食べること、出すこと。

生きるに、必要な基本的動作の全てが、誰かを必要とするのだから。


私は、1人では生きられない。
そのことを、当たり前に、毎日感じる日々だ。



私はね、障害が進行することは、怖くない。
「怖くない」と言っては、嘘になるかもしれないけれど…

それ以上に、怖いことがある。


私の病気の進行で、親に負担が増えること。
それが、とてつもなく、怖く感じるんだ…。


今日もね、親から「もう疲れたから、早く、自殺してよ。」って言われた。
だからって、うちの親は虐待はしないし、私の面倒を、誰よりも、丁寧に見てくれる。


入院すれば、親に負担をかける。(完全看護でも、介護に親は病院へ毎日通わないといけない。または、寝泊まりを病棟から言われるから。)(また、交通費などに、出費が重なる。)

家に居たからと、病状が悪化して、介護度が高くなれば、それはそれで、親に負担を増やしてしまう…。


一番良いのは、私の病気が治ること。
…なんだけど、そうはいかない現状…。


だからね…今の内に、しっかりと病名を判明しなくちゃ!って思うのです。
できる治療はしたいし、それが私のやるべき義務なんだと思う。

今、やれるべきことは、やりたい!という思いがあるんだ。


私は、自死は、選ばない。
どんなに辛い状況になっても…。

すごく、悔しいからね。
私は、死にたくない。
だけど、家族のために、死ぬなんて、綺麗ごとで、涙を誘いたくない。

誰かのために、命を捨てた。なんて、名誉はいらない!!!



生き抜くには、体調をまず優先して、やはりいずれは、親元から出たい。
経済的にも、完全に自立したい。

無理だと言われることも、たくさんあるけど…。


未来があるから、今は、しっかりと検査して、治療すべきなんだと思う。


病気を治したい気持ちは、病気を受容できなくて、認めたくなくて、そういう思いからではない。

私は、これからも、生きていく。
だから、未来をきちんと見つめてるんだ。

この体も、病気も、私の人生の一部。
だからこそ、今できることをしたいんだよ。


そういう思いが、在宅スタッフに、届けばいいんだけど…。