訪問看護師さんと、ディズニーランドとか、行くこと話してて。
そのナースさんも、ディズニーランドに詳しくて、わいわい♪話してたんだけど。

で、肝心な訪問看護の、痛みの病状の話になったら、

「どこが痛いん?」と…。

この子、ディズニーランド行けるくらい、元気なんだから、病状なんか聞かなくても、元気でしょ!

…っていうのは、次元が違うと思う…。
それじゃ、医療を勉強してない人と同じ。
見た目しか見ない人。
在宅医療を看てくれてるナースさんに、そう言われたのは、正直…か~なり心は沈んだ…。

病状を抱えながら、それでも、今回、東京に行きたい!って思いは…

もしかしたら、もう来年は行けないかもしれない…とか、
親も老いていくし…
うちのワンコも、年取るし…
私も、来年、今と同じ状況かわからないし…

今年しかないんだ!

という思いがあるから、行けるんだ。

ほんとは、
病気のことや、今の現状を考えたら、様々な、不安も抱えていくんだよなぁ…。

社会は、健康な人が基準にできていて、障害は様々で、手助けして欲しい形も、個々により異なるのに、『車椅子』という枠で、一括りにして、特に重度な障害を持った人は、受け入れが、社会では、まだまだ基盤がないんだと思う。
平等性ばかり問われて、本当に必要とする、特別扱い(必要とするサポート)はしてもらえない中、こうして、新幹線のチケットを買うだけで、丸2日時間がかかったりする。


「目一杯楽しんでさ!」
「東京から帰ってきたら、悪くなってもいいやん。」
と、かる~く言われたんだけど…。

それも困るし…。
だって、旅に疲れて、再発しちゃったら、
また、今より、動かなくなったら…
もしかしたら、失明とかしたら?

「東京に行かなければ、よかった!!!」

なんて、思い出にしたくない。

単純に、
「いいなぁ~♪」と、言われることに、

私の、こんなあんな思い…は、わからないんだなぁ…と、ちょっと今日は、残念に思いました。

働いてない私に、親から旅費を出してもらい、私は、旅を楽しみにしてる気持ちの中に、不安や、申し訳なさや、心配や、勇気や、いろんな思いが詰まってる。

だけど、そんなこんなことは胸に隠して、言わずに、元気に出掛けて、ただ「楽しかった!」
とだけ、言いたかった…。

健康な人に、求め過ぎている自分も、わかる…。
だけど、病気と共に生きていくことって、楽しみの中に、いつもどこかに不安があったりで、だけど、それを打ち消して、笑ってる部分もあると思うの。

でも、私はそのナースさんが、とても好きだし、これは、人と人に生まれる、自然な溝なんだなって思った。
溝が埋まれなかったら、どっちかが関心がないか?遠慮してしまってるか?なんだろな?って。
どうしたら、お互いに歩み寄って、距離を近付けられるか?
私は、人を知りたいし、もちろん、知って欲しい。
それが、私の人生の課題だなぁ~。

何か、わからないことグチグチ書いてしまい、すみません…m(_ _)m