育児に、暴力は必要か?
ということについて、考える時がある。

親がしつけに、子供の頭やおしりを叩くのは、しつけ?
丸めた新聞紙や、靴べらや孫の手など、道具を使って叩くのは、暴力?
タバコの火を押しつけるのは、虐待?
冬の寒い外に、放置するのは、やはり、しつけの1つですか?

私は、「育児に、暴力は必要なんだろうか?」と、ずっと考えてきた。
まだ、子供はいないけど。親にはなったことは、ないから、わからないことや、頭だけで、考えていることも、あるだろうけど…。

自分が、親になったら、「自分がされて痛いこと、嫌なことは、子供にもしたくない」と思っている。
だって、それは、親という立場で、「しつけ」と思い込みながら、『自分がされて痛いことを、他人にはしていいよ。』と、教えてるのと、同じだと思うから。
また、『人の間違いは、暴力を加えて、自分の正しさを、貫きなさい。』と、教えることに、なるから。

親だから、全てが正しいわけではないと思う。
子供に教えられることも、あると思う。
だから、えらい親には、私にはなれないし…。

それに、私は障害があるから、子供のおしりを、ペンペン叩くこともできないし、親が怒ったら、子供の方が走って逃げるだろう。
だから、私には、暴力を使ったしつけは、物理的にも、できない状況にあるのだ。

親と子は、言葉で、心と心で、会話ができる。
また、子は、親や、出会う、人生の先輩の背中を見て育つと思う。
自分がそう育ったように。

もしも、子供ができた時。
私は、子供の育つ力を信じたい。