歳を取るということ | 甲羅に似せて

甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

昨日は、炎天下を仕事で外回りしていたら、ぐったりしてしまいました。いくら麦茶を飲んでも、まだ足りない気分。午前中ゆっくりしたら、やっと頭がすっきりしてきたので、もう少ししたら出かけましょうか。


この頃、自転車を乗り回したり、スーパーに行って感じるのは、お年寄りが増えたなあということ。結婚してこの町に暮らし始めた20年前は、ベビーカーを押す若いママが多かったのに。


それで感じるのが、お年寄りが前を歩いている時は、子どもに気をつけるのと同じように、気をつけなくてはということです。自転車に乗っていて、前を歩くお年寄りが、突然くるっと向きを変え、こちらに向かってきたときは、悲鳴をあげてしまいました。大通りでも、赤信号でふらふらと渡り始めるし、他人事ながら、見ていてハラハラします。


自分ひとりの世界に入ってしまって、まわりが全然見えていないようです。歳のせいなのかなあ。でも、歳を取っていても、自営業をやっていて、すごく周りに気配りする年配の人も見かけるし、人とのかかわりが普段あるか、危険に対する備えをしているかというような、普段の生き方も関係しているのかもしれないと思います。


お金を出せば、日用品も食べ物も手に入るし、楽しい事もいろいろあるし、働いたり、誰かの世話をしたりという緊張感がなくなって、物事を深く考えなくなると、人間って精神的に歳を取ってしまう気がします。


こんな事を言っている私も、あと何十年貸したら、危なっかしいなあなんて思われているかもしれませんが。


後期高齢者医療制度が始まって、「年寄りはさっさと死ねというのか」という反発が起きていますが、定年を迎えてその先何十年も生きることを思うと、私の世代がこのくらいの年齢になった時、世の中はどんな風になっているのかと、ちょっと不安を感じます。


体力はないけど、歳を取っても自分だけのためじゃなくて、何か社会に還元できる事ができたら、そんなに肩身が狭くならないんじゃないかなと、考えてみたりします。


いくつになっても、誰かの役に立つ存在でいたいなあ。