ちりとてちん 2/28,29 | 甲羅に似せて

甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

今週は秀臣&A子ストーリィーですね。


 お見舞いに行って、「清海が可哀想。」と奥さんに言われる秀臣さん。お見合いのため、A子を迎えに製作所へ行くと、そこには喜代美ちゃんが来ています。

  自分で決めた事だから心配しないでと言うA子に、「うそ、自分で決めたんなら、もっとうれしそうな顔をしているはず。」と喜代美ちゃんはきっぱり言い放ちます。


 するとA子は、「ええ子なんて呼ばれてぞっとしていた。」と、心に秘めていた自分の思いを語ります。喜代美ちゃんにとってはうらやましい存在だったA子ですが、良い子という役割をいつも演じなくてはならないことを、ずっと負担に思っていたなんて、人の心はわからないものです。

 東京行きは、そんな自分と決別して変わりたいという意味合いもあったんですね。それが失敗に終わった事で、彼女は自分を見失ってしまったんでしょうか。


 A子は首から思い出のペンダントをはずして、喜代美ちゃんにあげると言って渡します。「これは・・・」と驚く彼女に、「捨てたんでしょ。まわりまわって、ボロボロに錆び付いて、私の所にもどってきたわ。」と、A子は話します。


 ボロボロに錆び付いたペンダントは、まるで今の自分の心のようで、可哀想でそれでもいとおしくてずっと身に着けていたんでしょう。そして、それを喜代美ちゃんにあげたのは、そんな自分をわかってというメッセージだという気がします。


 物陰で話を聞いていた秀臣さんは、お見合いを直前になってキャンセルします。娘のためにもなると自分に言い聞かせていたけれど、それがどんなに残酷な事か、わかったんですね。

 同時にそれは、製作所をあきらめる事につながっていきます。


 魚屋食堂に現れた秀臣さんは、箸が使えるようになった孫達に目を細めながら、「製作所をたたもうと思う。」と、友春さんに話します。正平君の箸で儲けるのに失敗して、秀臣さんに文句をいいに来た小次郎さんも、その話を聞いてびっくりします。


 一方、徒然亭では、小草若さんが、草原さんに「はてなの茶碗」の稽古をつけてもらっています。そのすぐ後ろには四草さんが聞いていて、厳しくダメだしをしています。

 いきなり「はてなの茶碗」よりも、「愛岩山」をやってはどうかと言う草原さんに、「それはあきません。」と、泣きそうな表情の小草若さん。・・・いろんな思い出が詰まりすぎた作品ですからね。


 そこへ草々さんの怒鳴り声から逃げるように、木曽山君が駆け込んできます。四草さんの口車に乗せられて、クリーニング代を浮かせるために洗濯機でスーツを洗ってしまったんですね。そこまでボロボロになるかというくらいすごいことになってましたね。ボロボロになったスーツを着ながら、へなへなと倒れこむ草々さんはちょっと情けない感じです。


 四草さん、おかみさんの思い出と決別させるために、わざとやったような節がありますね。喜代美ちゃんもおかみさんになった事だし、春の陽だまりコンプレックスは、そろそろ卒業時なのかもしれません。

 四草さんも、彼なりのやり方で、徒然亭の先行きを考えているんだなあと思うと、なんだか独特の風格が出てきたようにも思います。


 夜遅くに病院を訪れた秀臣さんは、その後行方がわからなくなります。A子は何故か喜代美ちゃんのうちに駆け込んで来て、父が来ていないかと訊ねます。母がここにいるはずだと言ったのだと。


 小梅さんについて、和田家のみんなとA子が塗り箸の仕事場に行ってみると、電気もつけずに作業場に秀臣さんが座っています。

 「製作所をたたむ今、あなたにとって塗り箸とはなんですか。」と、こんな時にも仕事モードで訊ねる奈津子さんに、秀臣さんは語り始めます。


 「あの時と同じ。」というのは、秀臣さんが修行していた頃、中学生になった正典さんが始めて作った塗り箸に、自分にはない、受け継がれた日本人のDNAを感じて、自分の限界を感じたときだったんですね。


 秀臣さんをこれまで見てきて、外国人の顔立ちとやけに滑舌よくしゃべるのに違和感を感じていたのですが、外国人の父を持つハーフだったとは、この配役にも意味があったことにびっくりしました。ナイフとフォークで生活していたので、お箸を使う事で日本に馴染みたかったとは、思いもつかない展開でした。


 それにしても、亡くなった正太郎さんは罪な人です。小次郎さんばかりでなく、秀臣さんまで、足りない愛情を求めて、苦しませていたとは・・・。愛情はあったと思うんですが、きっとそれが伝わってなかったんですね。

 そんなに思いつめて修行をあきらめたことを、正太郎さんは知っていたのかどうか。

 塗り箸への愛情はそれぞれ深いだけに、哀しい話です。


 話を聴きながら、塗り箸の良し悪しは私にはわからないけれど、そんな悩みがあるのかなあと、その微妙な差を知りたい気持ちに駆られます。ある程度、技術的なことを教わって型どおりにやっても、そんなに差があるものなのかなあと、100円ショップで買ったお箸を使っている身では実感が涌きません。

 製作所は100円ショップにやられちゃったのかしらなんて思う程度です。


 芸術は、極めようとすれば受け継いでくれる人に目が行くのは仕方のないことだし、自分の未熟さとは自分で戦っていくしかないんでしょうね。羨望の対象だった正典さんにしても、孤独な戦いの日々である事にはかわりありません。

 秀臣さんは、製作所をたたんだ後の自分が何をすべきか、想像がつかなくて、自分の原点である場所に戻ってきたのかなと思います。彼なりの、自分のよさが生かせる道が見つかるといいのですが。


 そして、A子にも、いい子じゃない自分を出して、そんな自分が好きになれるようになってくれる事を願っています。