ちりとてちん 2/4 | 甲羅に似せて

甲羅に似せて

蟹は甲羅に似せて穴を掘るそうです。私も日々の想いを
蟹が穴を掘るように綴っていけたら・・・。

 更新をサボっていたら記憶が・・・。早く追いつかねば。


 糸子さんの勘の良さに、師匠は意外とあっさり白状しましたね。ただちょっと具合が悪いだけで、入院して回復・・・という展開を密かに願っていたのですが、「医者に手遅れと言われた。」というのを聞いてショックでした。

 誰にも心配をかけまいとして、1人で死の恐怖と戦っているなんて、見ている方も辛すぎます。「息子さんには言わなくては」と言う糸子さんの言葉、ほんとにそうです。このまま倒れて帰らぬ人になったなら、小草若さんの嘆きはどれほどのものでしょうか。親1人子1人なのに。

 でも、奥さんを亡くした時、病院で弱っていく奥さんを見ているしかなかった辛い思いを、小草若さんにはさせたくなかったのでしょう。・・・ここまできても、みずくさい親子だなあ。


 創作落語をやれと言われて、どうしていいかわからず悩む喜代美ちゃんに、草々さんは尊建さんを寝床に呼び出して、創作落語をやってもらいます。「落語をとっつきにくいと思っている若い人には、わかりやすくていいかも。やりやり~。」と勧めるお咲さん。

 草々さんは「お前の落語は後世に残るには普遍性がない。ネタの完成度も低い。」と容赦ありません。

 尊建さんも「お前がやってるのはしょせんコピーだ。その程度で工夫しているとは言えない。」と返します。


 古典と現代の2人の言い争いは、他の分野にも通じる深いテーマですね。昔、友人が「クラシックバレエはしょせん決まった型をなぞっているだけで、新しいものを生み出さないから限界がある。」と言いました。「でも長い時間をかけて完成されてみんなが美しいと感じられる、普遍的な美しさがクラシックにはある。逆に、モダンバレエの型のなさと難解さは、ものによるけれどあまり魅力を感じない。」と私は逆に思ったものでした。

 古いものと新しいもの、両方に他にない良さがあるんでしょう。あとは好みの問題でしょうか。


 いつものんびりしている草若師匠は、人が変わったように、落語の練習に励み始めます。演目は「地獄八景」。聞いていた喜代美ちゃんは大層面白がって、「いつか私にも教えてください。5年先、いや3年先には。」と意欲を見せますが、師匠は珍しく怖い顔をして、「お前は創作落語をせい。言うことを聞かないなら破門や。」と、脅かします。

 死を目前にして、いろいろな想いが師匠の胸に交錯している様子ですが、もともとコンプレックスの強い、物事を悪く取る癖が出て、喜代美ちゃんは師匠に嫌われたのかと悩みます。


 早くみんなが気づいて欲しい、師匠に入院して治療を受けてほしいと願うばかりです。いつもそばにいる喜代美ちゃんや草々さんが気づかず、糸子さんが気づいたというのは皮肉なものです。

 隠し通さねばという師匠も、心の中は病気や死への不安と恐怖に押しつぶされそうになっているのでしょう。弱い部分を糸子さんだけにでも見せて、弱音を吐くことができてよかったです。


 師匠あっての徒然亭なのに、これからどうなることやら・・・。