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CHERRYのブログ

☆宇宙の法則を実践してみる☆
 ただいま実験中

部屋の中の物を整理(捨てる)していて気づいたこと。それは、買うのは簡単だが手放すのが心苦しいということ。もちろんお金がなければ物は買えないが、ただでもらった物でさえ、一旦自分の手元にやってくると今度は手放すのが惜しくなってしまう。

一体これはどういうことだろうと考えてみる。たぶん、損をしたくない、という気持ちがあるのかな。損をしてしまうかもしれないという将来への漠然とした不安から、人は物を溜め込んでしまうのかなあと。

今回捨てた物はスリップ。ほとんど着ていない、きれいなままのスリップが何枚もあった。なんと12枚もあった。ひとつひとつ手に取ってみる。「これは黒いワンピースの下に着られそう」「これは丈の長いワンピースにいいかな」「これは汗対策に使えそう」「あっちのはフリルのデザインがかわいい」と、枚数を減らそうにもなかなか減らせず、いったんはすべてチェストにしまい込んだ。だが、やっぱり着ないものは着ない。それで4枚処分した。まだ8枚も残っているが、一気に4枚減らし、引き出しに余裕ができ、下着がきれいに並んだ。処分して思った。「なーんだ、やっぱり着ない。どうして必要のない物を今までずっとしまい込んでいたんだろう。ばかみたいだなあ」と。使わない物にお金を払っていたなんて、なんて無駄なんだ。

こうやって断捨離していくと、物を買うのに慎重になってくる。「本当に使うかな」「お金を払う価値がある?」「使わなくなったらどうやって処分する?」「代わりになる物はない?」と自問自答する。それでちょっと我慢してみる。そうすると、なくても平気だったりする。そもそもそれがなくても私は毎日生活してきたのだから、なくても大丈夫なはずなのだ。

「今どきこれを持っていないとかっこわるい」「みんな持ってる」という考えを、特に若い世代は持っているかもしれない。例えば世はスマートフォンの時代。あの子も、その人も持っている。でも待てよ、本当にそれ自分に必要?と、自分の頭で考えてみる必要がある。売りたい側は「持っていないことは恥ずかしい」くらいの勢いで宣伝するが、惑わされてはいけないのだ。私の場合、元々電話嫌いだし、ネットはパソコンとタブレットがある。スマートフォンはあれば便利だが、月々6000円も7000円もかけられるか?となると、私にはそれだけの料金を払う価値のない物、と判断する。また、街の中でスマートフォンの画面に釘付けになっているあの格好が私は好きではない。化粧と同じで、できれば陰でササッと使い、人前ではなるべく使っている様を見せたくない。というわけで未だ私はガラケーを使い続けている。メール、通話料込みで月々1300円以内で収まっている。いっそのこと解約することも考えたが、仕事や趣味仲間との連絡で割と使うこともあるので、しばらくこれを維持していくつもりだ。

何が必要かは人によって異なる。それは自分で判断するしかない。流行や常識をとっぱらって、自分に向かい合って取捨選択していくのが大事なのだ、と、断捨離をして思う。
父親の誕生日。父の好きな果物を買った。果物に目や口をつけて、かわいい顔に見えるように工夫して台所のテーブルに置いた。

私は幼い頃から父親が好きだと思ったことはなかった。今でも困った父さんなのだが、よく考えてみれば、そんな父でも、ずっと働いてくれ、私をかわいがってくれたのだ(過保護だったが)。色んな物を買い与えてくれたし、どんなに私が毛嫌いしようとも、いつもヘラヘラ笑って陽気に過ごしてくれた。無償の愛なんだろうなと思う。父の誕生日を祝ったことなんてなかったかもしれない。親不孝だな。そんな父に何かしてあげようと思ったのは今回が初めてだ。父のおかげで今の自分があるのだと、謙虚に思えるようになった気がする。これが本日私が与えたものである。

受け取ったもの。今日もお昼ご飯をごちそうになった。会う人会う人笑顔で話しかけてくれ、本当に気持ちのよい一日だった。

臨時収入もまた手に入り、私の財産は日に日に増えている。

家族が元気で、

平和で、

健康で、

本当にありがたい。

このところ毎日に近いくらいお昼ご飯をごちそうになっている。ありがたいことだ。小さい頃から食べることが苦手で、今もたくさん食べることはできない。人より食べるのに時間もかかる。でも、毎日3食食べられるのは本当にありがたいことだ。色々な動植物の命をいただいているのだ。また、動植物を育てている人がいて、調理してくれる人がいて、運んでくれる人がいて・・・。私の口に入るまでに、いったいどれかけの命が関わっているんだろう。昔はこういうことを想像したことがなかったけれど、たくさんの人や命が関わっているのを考えると、食べ物(命)を粗末にはできないなあと思う。

断捨離が進んでから部屋が散らかりにくくなってきた。以前は片付けはしても、全体の物の量はそれほど減っていなかったので、すぐ散らかった。今は物の数が減ったため、散らからないのだ。単純だけど、そういうことだ。それにまた不要品を高値で買ってくれた人があり、臨時収入が手に入った。感謝感謝だ。

部屋の物が減ったことでわかったことがある。それは、生活に必要ないものは多いが、本当に必要な物を持っていなかった(足りない)ということだ。ばかだなーと思ったが、まずこれに気づくことが大事だ。気づかなかったら、さらにいらない物ばかりが増えていくのだから。それに1円のありがたみがわかるようになった。以前は気にせず欲しいものを買っていた。数百円だし、大丈夫大丈夫、みんなもこれくらい買っている、と自分に言い訳して。今は毎月の貯金を忘れずにして、臨時収入も入って、どんどん通帳の金額が大きくなってきている。でも、自分で意識して貯めてきたので、無駄遣いするのはいけないと思うようになった。買い物に慎重になった。「これ本当に使うかな」「他のもので代用できないかな」と考えると、「買わなくても大丈夫」と思えるのだ。「今は買わないでおこう。どうしても必要なら買えばいい」と。私の意識が変わりつつあるのを感じる。