おはようございますっ!!
すがすがしい朝でございます。
最近はなかなか思うように過ごすコトができず、
ちくといざこざもあったりして、どんよりな夜となるコトもあるのですが、
そんな小さなコトや残作業、すべて6月中に集中して片付けて、
『7月からはルンルン楽しくやるぞっ』とたった今決めました!?
- 武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた文庫/新渡戸 稲造
- ¥520
- Amazon.co.jp
最近の通勤時は、以前購入した"ipod-shuffle"でいろいろ試し聞きしていたので、
しばらく読書はご無沙汰でしたが、読みたい本が溜まってきたので、
武士道も淡々とさばかないと・・・。
今日は"義理"について。
"義理"というコトバはどういう意味?
普段どのように使っている?
というコトで、Yahoo!辞書で調べてみました。
①物事の正しい筋道。また、人として守るべき正しい道。
②道義。
③つきあい上しかたなしにする行為。
④血のつながらない親族の関係。
③④はそこそこの頻度で使っているのではないでしょうか?
でも今回扱う"義理"は先に紹介されている①②の方です。
武士道での"義理"は"義務"以外のことを意味していない、とあります。
本から抜粋します。
親に対する行為においては愛情が唯一の動機。
愛情がもてなくなったときには、親に対して孝養を命ずる何かの別の権威が必要。
上記が"義理"とカタチでもって定式化、作り上げられたとあります。
さらに。
家族が社会の単位であり、才能の優秀さよりも年長者であることが重んじられる。
人間がるくりあげた慣習の前に自然な情愛が席を譲らなければならないような社会。
そんな中で生まれるものが"義理"とも言っております。
最初に"義理"は"義務"と書きましたが、
上記のように考えるとその理由が少し分かるのではないでしょうか?
(そう、つまり上記の説明はまだ③を述べただけです。)
でも、ホントの"義理"は「正義の道理」であるのが正しく、
上記のように、とある関係や社会から生まれるモノではないと書かれています。
義務の対象は関係や社会ではなく、「自身の道」や「人の筋」に他なりません。
(これが①②の説明。)
"義理"とは「正義の道理」であり、『無条件に従うべき絶対命令』とあります。
(これは自説ですが、従うモノも自分という道なんだろうなと思います。)
「正義の道理」から始まった"義理"が、
社会が形成されるにつれて詭弁に屈服、
あるいは臆病にまで堕落したとあります。
それは①②から③の意味にまで広がったコトから分かるかと思います。
『武士道』という確固たる道筋がなかったら、
③の義理がYahoo!辞書の3番目に説明されるコトはないかと思います。
"義理"というコトバの正しい意味が①②にあり、
『武士道』という道の中でしっかりと存在しており、
さらに誤用して欲しくない、というように語っている気がします。
バレンタインの時期には『義理チョコ』『本命チョコ』という単語が飛び交います。
好きだ!と思う人に、(勇気を持って)自分から正々堂々と私にいく『本命チョコ』、
それこそまさに自分の中で定めた『真の義理チョコ』と言えるもしれません・・・!?
ほいじゃ


