こんばんわ。

久しぶりの投稿なので、ちくとドキドキしています。


今回は以前触れたコトのある、『無意識』を振り返りつつ、
その背後に潜むモノについて考えます。



↓↓↓『無意識』について検討した投稿↓↓↓
http://ameblo.jp/cherrycube/entry-10210765765.html



『無意識』について、私は以下のように再定義しました。



  ・意識するコトが定常化しているさま。

  ・意識が十分に行き届いている状態における行動。



これについては、今でも私の辞書において考えは変わっていないです。

むしろ、まぁまぁなコト言っているのでは?なんて・・・。



しかし、背後に潜むモノにまでは考えが及んでいないことに気づきました。

それは『無意識なウチに募るモノ』の存在です。



-----------------


<例1>

いつものように朝ごはんの支度をし、

出勤する夫を見送った後、部屋の片付けや、トイレ・風呂掃除をする嫁。

決してイヤとか抵抗があるわけでもない。

部屋の綺麗な状態をキープしたいし、夫にも部屋で快適にいてもらいたいし、

という思いからむしろ率先してやるぐらいである。


<例2>

遠距離恋愛。

最愛のヒトにあうために、遠路はるばる電車を乗り継ぎ×2。

多くのお金と時間を犠牲にするが、

最愛のヒトに会えることにイヤなコトは何もない、という彼氏。


-----------------



どちらも『本人が望んでやりたいコトをやっている』んです。

でもストレスと言うか何と言うか、"溜まる"んです。

テレビで似たようなコトが言われていました。

これ、"うつ"のもとなんです。



本当に少しも意識がなければ、

"溜まる""募る"モノはないと思います。


私が定義した『無意識』の定義は、言わば"意識の塊"です。

"溜まりやすい""募りやすい"んです。




そこで教訓。少なくとも、


 自分が『無意識』のウチにやっていることは知っておくべき


です。


『無意識』なんだからそりゃ無理だろ、って思いがちですが、

私が定義した『無意識』は、意識が行き届いている状態です。

なので、意識できるし気づくことができます。

もう一つ、『無意識』から生み出されるものは"定常化"の傾向があります。

いつもとの違いを検出しやすいのです。



結論。


目指すトコロは『無意識』の境地、

でも自分がしている『無意識』な行動については意識するコトが大事です。




久々の投稿はこんな感じで。



ほいじゃY(>_<、)Y