こんばんわ。



今日は定時退社、帰路は途中の駅で下車し、

ほんとにうんまぁい"とんかつ"をいただいてきました。

むふふって感じで今日を締めくくるコトができます。



そのトキに思ったコト。

昨日の『「面倒くさがりや」がやっていること(その3の序章)』 で、

「人間の行動の95%は無意識のうちに行われるモノ」と書きましたが、

またまた疑問を抱きました。




-----↓とんかつ屋さんでのエピソード↓-----


今日行ったとんかつ屋さんの主人を、「これでもかっ」てぐらい観察していました。

言い方は悪いのですが、"とんかつ"を作るというルーチンワークを行っていました。

(実際は決してルーチンワークだなんて思っていませんっ!!!)



これって「無意識のうちの行動」か??

主人は95%までにはいかないモノの、

一日の多くをこのルーチンワークにて消費していると思います。



しかし、私が今日食した"とんかつ"は

とても無意識のうちに製作されたモノとは到底思えません。

主人を見ていると分かるのですが、

丹念に、そしてココロを込めて作っているように見える姿は、

とても無意識ではなく、十分な意識をベースとして行っているように見えました。


-----↑とんかつ屋さんでのエピソード↑-----


上記、あながち大きく外れているとは言えないかと思うし、

振り返れば同じようなケースを体験したコトがあるのではないでしょうか?



そこでっ!!

私の中で"無意識"という言葉の定義を改めるコトにしました。




 <Yahoo!辞書の定義抜粋>

  ・自分のしていることに気づいていないこと。また、そのさま。

  ・意識しないさま。はっきりと自覚していないさま。


 <My辞書の定義(改)>

  ・意識するコトが定常化しているさま。

  ・意識が十分に行き届いている状態における行動。




数回ご紹介している『面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則』も、

"面倒くさい"からの脱却には、『面倒くさくならない仕組みを構築するコトが重要』

と言っているのではないかと、私は思います。

また、それは十分な意識を重ねた上で成り立つ方程式なのでは、と今日感じました。



ほいじゃ宝石白