こんばんわっ。


今日は定時退社の日。

定時退社の日とわかっていても帰ることができなかった数年前がなつかしく思えるこの頃・・・。

最近は終業時間のチャイムと同時に、ほとんどの人が立ち上がります。



さて。

今日は、『会議』について。


私はここ数年、会議について思うことがあります。

それは『会議体が多すぎる』『会議メンバー選定がおかしい』です。



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まず前者『会議体が多すぎる』について。

役職が上がっていくにつれて、会議がどんどん増えていくというのは、

多くの会社に当てはまる事項ではないでしょうか?


スケジューラを確認してみると一日中会議で、

「新人のオレはいつ上司を訪ねれば良いんだ!?」

ってような思いに駆られたことはないでしょうか?


つぎに後者『会議メンバー選定がおかしい』について。

これはあまりよくない表現で、実際は『無駄な人がいる』『無駄な時間がある』です。


ありがちなのは、

「5人で打ち合わせをしているのに、意見を述べるのはいつも特定の2人のみ」とか、

「会議中に沈黙・停滞の期間が生じてしまう」とかとかです。


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2つともイヤです。

"時間共有の場"というモノは重要・貴重である、

もっと大げさにいうと稀少であるという認識がないからこそ、発生しうる現象だと思います。


「会議でウトウトしている人の方が、無駄に会議に出席して

何も言わず・聞かず・思わずの人よりも良い」とさえ思えてしまいます。

(実際に寝ているのは良くないです・・・。)



私は上記のような問題は、気持ちや精神の問題ではなく、

「仕組みとして解決すべきっ!!」と思っています。


「『会議体』に必要だっ!」と私が思っている事項は以下。


 ①主催者および進行役

  ⇒会議の停滞・脱線防止が狙い。タイムスケジューラ的な役割。


 ②締め役(会議体の承認者)

  ⇒よほどのコトがない限りは『会議体』を終結させるべき。

   「未解決項目は次回会議の議題」という切り分け・割り切り。


 ③出席者の役割および会議形式の事前展開

  ⇒会議体を成立させるための各機能・役割の分掌化。

   出席の意味の把握と参加意識の向上。


です。 私が会議体を持つ場合は、③を十分に意識して会議案内を出します。

また、会議の方向がずれているなとか思えば①の役を買って出たりもしています。

(ちょこっとうざい存在になっているかもしれないですが・・・)


ただ、"時間共有の場"は使ってしまえば戻ってこないです。

無駄にしたくないし、簡単に提供もしたくないのが本音かもしれません。



ちなみに・・・。

上記の③で"会議形式"という単語が出てきたので、ちょこっとご紹介します。

情報サービス業界の方は良く目にする・耳にするかと思いますが、

レビュー手法には名前がついています。

(私は一応エンジニアです。最近は専ら管理側ですが・・・)



 ■ウォークスルー

  成果物(IT業界ではプログラムなど)の作成者が中心になって行う。

  作成者の説明を参加者が追跡するといったカタチの打ち合わせ。


 ■インスペクション

  会議主催者の下、あらかじめ参加者の役割を決め、

  幾つかの各種局面・ポイントに注意を払い、レビュー対象の評価を行う。

  あらかじめ用意したチェックリストの・評価基準に基づいて検証するとなお効果的。


 ■ラウンドロビン

  参加者全員がそれぞれ各自の役割・分担について、

  持ち回りで責任者になって審議を行う。

  参加者が受け身になるコトの防止とともに、参加意欲向上が狙い。



「今日はこの手法で会議やるね」ってみんなに展開するだけでも

意味のある『会議体』になるような気がします。



会議体(開催側、参加側)において「気をつけているコト」

「このような方法がある」など、ゼヒゼヒいろんな意見を聞いてみたいし、

試行錯誤しながら実践してみたいって思います。





ながぁぁく書いてしまいました・・・。

ほいじゃ宝石緑