若草がまぶしい頃、遠いところへ行ってしまわれた加瀬邦彦氏の追悼記事をしたためたばかりだというのに、この状況下でまたしても、今度は作詞家の訃報を耳にすることになった。そのヒトの名は

ちあき哲也氏

この方も加瀬氏と同様、昭和のニッポン歌謡界において偉大な功績を残された。ちあき氏における作詞家としてのデビューは1972年。以後80年代を中心に、ヒットチャートに彩りを添えてくださったもの。言葉の魔術師として、時には華やかに…時には個性的に。

ちあき氏が書かれた歌詞の多くは、オトナの世界を描いた作品、そしてユニークなセンスがキラリンコンと光るものが中心。その作風からか、女性アイドルと関わった楽曲は少なめであり、その提供先の多くがボーカリストや男性アイドルとなっていた。当ブログでは70-80年代の歌謡曲を扱ってはいるものの、やはりその中心となるのは女性アイドルの話題…なにせ需要が最も高く、喰いつきがとても良い部分であるからして。それでも、これまでにちあき哲也氏が作詞を担当した、女性アイドルの楽曲をレビューしたことがあった。それとて延べ数回ほどにとどまっており、恐縮極まりない。

このような理由により、当ブログにてちあき氏のお名前が躍ることは稀でアリマシテ。この度の訃報に伴い、したためることになるのがまことに心苦しいのだが、追悼の意味も込めて書き連ねてみたいナと。名づけて

【追悼・ありがとう ちあき哲也さん】 ちあきクンのヒットパレード

これまで書く機会に恵まれなかった分、たっぷりの愛を込めて綴ってみたいと思うのでありまする。

イメージ 1「黄色い麦わら帽子」
松崎しげる
作曲:中村泰士 編曲:高田弘 
ビクター音楽産業 1972年10月25日

秀逸なフレーズ:銀の小舟に思い出をつないで

ちあき氏ご本人曰く、本曲がプロ作詞家としてのデビュー作とのこと。コマソンの歌い手として活躍、歌唱力には定評のあった松崎しげるを歌い手として起用した曲。この楽曲もコマソンとしてブラウン管から流れ、スマッシュヒットを記録。曲調は70年代前半の香りほどばしる、オトコ一匹さすらい渡り鳥スタイル?カントリーをベースにした、のどかで牧歌的な雰囲気を湛えるメロディーラインは、あの時代の日差しの色合いさえをも甦らせる。このテの曲にはめずらしく?意外にも歌詞はロマンティック。「銀の小舟」なるフレーズも飛び出すあたり、言葉の魔術師としての才能が早くも開花していた模様。松崎しげるの歌声も、実に伸びやかでスケールの大きさを感じさせるスバラシさ。

イメージ 2「愛よ、おやすみ」(「愛よおやすみ」)
岩崎宏美
作・編曲:筒美京平 
ビクター音楽産業 1976年2月10日

秀逸なフレーズ:愛よおやすみ 星がきれいね 明日はうちあける あの胸で

岩崎宏美のLP「ファンタジー」に収録。その後、タイトルを「愛よおやすみ」(点ナシ)へマイナーチェンジ、香坂みゆきがシングル盤として発売。歌詞の一節にマーガレット・ミッチェル執筆、不朽の名作として世界中で愛され続ける小説、「風と共に去りぬ」が登場する文学派歌謡。好意を告白されたにもかかわらず、そこから先をためらった私…悶々として眠れぬ夜を過ごす乙女がそこに。この愛よ去らないで、だから愛よおやすみ…そこで見ててね。明日はうちあけるあの人に。愛という、ガラスのように繊細なものに怯える心情を巧みに描写してみせた。果たしてその決意を果たすことができただろうか?

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香坂みゆき嬢によるカバー盤。「愛よおやすみ」と「、」はナシとしている。

イメージ 4「ジャスミンアフタヌーン」
神田広美
作・編曲:穂口雄右 
ポリドール 1977年9月?日

秀逸なフレーズ:あの人だって若いんだもの ありがちよ あんなこと

女性アイドルが唄うレゲエ歌謡のパイオニア?穂口氏が紡いだメロディーを、自身が軽めのレゲエサウンドに味付け。当時としては、かなり斬新な作風である。間奏のギターは、まるでジャスミン香のごとし。芳しい中にも、アンニュイな雰囲気を漂わせる。その音に絡むは、ちあき氏による匠の技。クラクション、木立、日曜のミサ、ひと夏過ぎた生成りのレース、セピアに染めましょう、まだ青い枯葉、透き通りそう胸の中、子猫を膝にロッキンチェア…ある日、日差しも秋めいて。黒く塗りつぶしたあの人のナンバー…今でもソラで言える愚かさよ。恋の終わりは…「あんなこと」…そう、「あんなこと」。これぞ作詞家、ちあき哲也のベストパフォーマンス!

イメージ 5「飛んでイスタンブール」
庄野真代
作曲:筒美京平 編曲:船山基紀 
日本コロムビア 1978年4月1日

秀逸なフレーズ:いつか忘れていった こんなジタンの空箱

ちあき氏ワークにおける、屈指の大ヒット曲。中近東風アレンジを施した曲調は、いやがおうにも旅情を掻き立てる。イスタンブールにかけたであろう、ルール、シュール、ロールという語呂が似た言葉をスパイスにし、要所に散りばめるという技アリ!曲中では砂漠が唄われていたが、「イスタンブールに砂漠はありませんでした」と、現地を訪れた歌手本人の報告があったのはいつぞえか。この曲がヒットチャートを賑わしていた頃のニッポンで、果たしてどれくらいのヒトが「ジタン」の意味を理解していたのだろうか。“仁丹”と勘違いしたヒトもチラホラ?本曲での成功により、ちあき氏は庄野の次作「モンテカルロで乾杯」でも連投。舞台は海外、オシャレで小粋なオトナの恋愛を、本作と同様“楽園(パラダイス)”をキーワードに描いた。

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スリーブの異なるレコードジャケット。メインと合計で3種存在。

イメージ 7「トーキョー・バビロン」
由紀さおり
作・編曲:川口真 
東芝EMI 1978年9月20日

秀逸なフレーズ:舞姫を誰も夢に見るけれど まぼろしでかかと挫(くじ)くだけ

川口真氏によるメロディーに、大都会の闇を描いたちあき氏の歌詞が絡みあう傑作。夢、憧れ、成功、挫折、醜聞…すべてが渦巻く華美と悪徳の都。そこをヒトはトーキョー・バビロンと呼ぶ。夢破れた舞姫たちが、今宵もひとり、ふたり…ガラスのエレベーターで逃げてくる。そう、そこはバビロンを眼下に望む空間、時を超えた”楽園” なのである。都会の華やかさと冷酷さを、あり得ないほどの涼顔でサラリと表現する由紀さおりの実力も特筆。本曲歌唱時は30代手前だったはずだが、熟したオトナの色香であふれんばかり。その歌声により、ちあき氏の歌詞が更に艶めいたのは言うまでもない。

イメージ 8「怪盗アリババ」
アパッチ
作曲:実川俊 編曲:いしだかつのり 
CBSソニー 1978年12月5日

秀逸なフレーズ:オープンセサミ

一部マニアには絶大なる人気を誇ったアパッチも、企画モノで当てた以外はヒット曲と縁遠くなる一方。そんな彼女らに起死回生の一発?ちあき氏のペンによる本作は、コドモ受けも視野に入れたであろう勝負曲という位置づけか。アニメーションを駆使したPV、唄い手の顔面半分を覆うホッカムリ、アラブ風スケスケ衣装、怪しさマンテンのフリツケ…今度こそ大ヒット!と確信したのは、またもやマニアな青年部オンリーだったというオチも。絹のターバン、風切るマント、マジックカーペット…お決まりのアラブ小道具をたくさんつめこんで、決めゼリフが♪オープンセサミ~とキたもんだ。「開けゴマっ!」転じてのソレなのは説明の必要性ナシか。これまた、ちあき氏のユーモアセンスが光る1曲。アパッチには他に「宇宙人ワナワナ」等を提供。

イメージ 9「ペガサスの朝」
五十嵐浩晃
作曲:五十嵐浩晃 編曲:鈴木茂 
CBSソニー 1980年11月1日

秀逸なフレーズ:めぐり逢いは誰もいない海 旅のはからい感謝したいのさ

歌詞の解釈がとても難しいと言われている作品。ギリシャ神話のペガサス…時には教養を表し、また、ある時には不死の象徴ともされた。このことを念頭に置いて考察してみれば、おのずとその意味も分かりやすくなり、歌詞解釈も雪解けしてゆくもの。過去と現在の時空をかけめぐるものとして、ペガサスを小道具にしたのには頭が下がる。北海道出身のシンガーソングライター、五十嵐浩晃が1980年~81年にかけて歌い大ヒット。

イメージ 10「三味線師ロンリー・ブルー」
谷口美千代
作曲:杉本真人 編曲:松井忠重 
テイチク 1981年3月21日

秀逸なフレーズ:たがいちがいの心 かなしきロマン…

クロスオーバー歌謡に分類される1曲。77年発売「花の女子高数え歌」(谷ちえ子)の後継?のような役割を果たした。オリジナル盤の歌唱は谷口美千代、後に原田ゆかりが1986年にカバー。ノリの良いポップスサウンドに、シンセと三味線をフィーチャー。歌声はコブシがコロコロ回る演歌調という、和と洋の調和が絶妙。誰も見向きもしないスーパースター…この人こそが、アタシの最愛。そのヒトの名は「三味線師ロンリー・ブルー」。もっと激しく~もっと激しく…屋形舟でイタす?描写は春画のごとし。きわどい描写をアイドルにも歌わせる…これぞまさにザ・ちあき哲也と呼べるお家芸?歌の〆部分、横文字+コブシはウケ狙いか。原田ゆかり嬢には「OH富!」「元禄花見踊り」等も提供。ちあきワールドとも言える、ユニークさを堪能できる作品多し。

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原田ゆかり盤、1986年発売のレコードジャケット。

イメージ 12「花粉症」
沢田亜矢子
作曲:小笠原寛 編曲:水谷公生 
クラウン 1982年3月10日

秀逸なフレーズ:それならそれで待っているけど みなれた花にも違うよさ

沢田亜矢子が歌手活動もこなしていたという事実…コレを認識しているヒトはどれだけいるのだろうか。歌い手としての代表曲は「アザミの花」だが、1982年発売のコチラは完全にソレを凌駕。花粉症なる病が世の人々により認識されるウンと前、歌謡曲の題材としてイチ早く飛びついたちあき氏にはアッパレ。浮気なオトコを待ちわびながら、密かに願うオンナがひとり。戻ってきてヨもう一度…アタシの花粉は「い・か・が」?みなれたお花もおいしいはずヨ。優しく「花粉症」にしたげるワ。現代病のソレとは趣きを異にする、エロい「花粉症」?が描かれていた模様。

イメージ 13「熱風半球」
かとうゆかり
作・編曲:渡辺敬之 
CBSソニー 1983年4月1日

秀逸なフレーズ:ただあまりすばやすぎて 罪ごこちなのよ

和製コニー・フランシスと呼ばれた、かとうゆかりのシングル第3弾。東亜国内航空’83夏のキャンペーンソングとして、お茶の間をにぎわせた。ただでさえうだるように暑苦しいラテンのリズム。本曲はソレに輪をかけた灼熱感でムンムンとさせる。傷心旅行のつもりで見知らぬ島に降り立ったオンナ。そんな彼女が現地オスの情熱にほだされて。まさかこんなこと…めぐりあった途端もう恋のトリコ。ちょっと…いくらなんでもお○タがユルすぎでは?サビ直前で放たれる「うっそ~」は当時の流行語。そうでなくとも「うっそ~」がクチから飛び出すエロい展開にワナワナか。ちあき氏の真骨頂?エロい作風が炸裂!かとうゆかりのパンチあふれる歌声が、熱感のグイ上げに貢献。

イメージ 14「仮面舞踏会」
少年隊
作曲:筒美京平 編曲:船山基紀 
ワーナー・パイオニア 1985年12月12日

秀逸なフレーズ:燃えな 燃えな 紅く ルビーより紅く

仮面舞踏会とは、仮面をつけ身分や素性を隠して行われる舞踏会。17-18世紀の欧州を中心にして栄えた文化だが、風紀を乱す元凶として禁止令が出されたことも。同名異曲としては、アルメニア人音楽家、ハチャトゥリアン作曲のクラシック音楽があまりにも有名。妖しさであふれかえったであろう仮面舞踏会を、ちあき氏は男性アイドルに歌わせた。しかも、ソレは彼等のデビュー曲となって一斉発売。3種のレコードジャケット、異なるB面曲という戦略も功を奏し、47.8万枚を記録する大ヒットに。かりそめの一夜、こころうらはら、迷いこんだイリュージョン 時を止めた楽園、魔性のリズム…♪いっそX・T・C(エクスタシー)のところのフリツケは有名だが、めくるめく瞬間を表現したのは言うまでもないところか。本曲でも”楽園”を描くちあき氏…どうやらかなりのソレ好きだった模様。

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残り2種のレコードジャケット。B面にはそれぞれ異なる曲が収録され、ファンの購買意欲を促進。

イメージ 16「姫様ズーム・イン」
森川美穂
作曲:小森田実 編曲:瀬尾一三 
VAP 1986年10月21日

秀逸なフレーズ:白雪姫はじめ ホラ りんごは食べごろだよ

「姫はじめ」という言葉をアイドルポップスに取り入れたのは、後にも先にもこれひとつ?姫はじめどころか、噛めば血が満ちるという描写も登場し、生々しいことこの上ナシ。この歌詞に造反するかのごとし?小森田実氏によるポップなメロディーラインがココチE。ソレにのっかる森川美穂嬢の歌声は、まさに“ミス・パワフル”といった趣き。「姫様(ひいさま)」を題材とし、よくあるアイドルポップスと見せかける。が、しかし歌詞中には「ムカつくぜ、イラつくぜ」など…アグレッシブなお言葉がズラリ。この意外性こそが本曲の魅力。やんちゃ放題でケンカがお強かったらしい?森川美穂嬢における武勇伝を参考にしたためられた可能性大か。

これらの他にも「ガラスの世代」(太田裕美)、「椿姫」(あべ静江)、「横浜ブギウギ娘」(中原理恵)、「国道ささめ雪」(狩人)、「TOKIO通信」(マナ)、「木もれ陽のフェアリー」(松本典子)、「ヨイショ!」(近藤真彦)、「霧雨のダイアリー」(大根夕佳)、「きわどい季節」(ザ・リリーズ)、「裏切りコール」(西かおり)、「きやまん慕情」(小野さとる)、「STAR PIROT」(中森明菜)、「Joy」(石井明美)、「Yes my love」(矢沢永吉)、「おしゃれな感情」(岩崎宏美)など多数。また、地味ながらもロングヒットになった「NORA」(門倉有希)や、レコード大賞にて作詞賞を受賞した「吾亦紅」(杉本真人)なども記憶に新しいトコロか。

♪星まで続く ガラスのエレベーター*

胆嚢がんを患ったこともあったというちあき哲也氏。しかし、今回の死因は不明と報道された。華美と悪徳の都、バビロンに嫌気が差し、ガラスのエレベーターでひょいと昇ってしまわれたのか。星に到達したらお次は「STAR PIROT」だなんて…冗談が過ぎますことヨ。そして楽園に飽きたら、また「ヨイショ!」と…僕らがいる地上へと舞い戻ってくださりそうなんだもの。そうであれば嬉しいけれど…。

♪いっそX・T・C**

承知いたしました。先生の作品により、ソレを思う存分に堪能させていただきますっ!そして

♪忘れ切れない 忘れ切れない***

先生が残された珠玉の作品群。しかりと後世に伝えて参ります。

♪そう あの日から 時はペガサスの翼****

一日一日を決して無駄にはいたしません。たくさんのことを教えてくれる作品をお残しくださり、本当にありがとうございます。感謝いたします。

ちあき哲也氏のご冥福、改めて心よりお祈り申し上げます。

*「トーキョー・バビロン」(由紀さおり)より
**「仮面舞踏会」(少年隊)より
***「三味線師ロンリー・ブルー」(谷口美千代・原田ゆかり)より
****「ペガサスの朝」(五十嵐浩晃)より