彼は黙ったまま、予備校の玄関を出た。

良くも悪くも素直すぎる彼の様子はいつも通りで、機嫌が悪いための沈黙には見えない。
いつもなら隣に座って自習しだす彼なのにどうしたんだろう、と思いながら、彼女は先程のチョコを軽く持ち上げてみせる。
「で、これ何?」
「チョコ。」

知ってるから、と思ったが彼の至極当然と言いたそうな顔を見ると、そうは言えなかった。

…なんか、今日はややこしい日だなぁ。

彼女のそんな表情を見た彼が、普段から困っているような顔にあわてた様子を浮かべた。
無理もない。彼女は切れ長の目の印象が強く、普段から機嫌が良くないと誤解されやすい雰囲気を持っている。
彼女の黙り込んだ顔を見て苛立っていると思ったらしい。
彼は少し動転し気味に、早口で「えっ、チョコレートだけど?」と言った。

見ればわかるよ、と彼女は思わず苦笑いした。
「ううん、どうして私に、チョコくれたのかと思って。」

彼はほっと息をついてから、長めの前髪をさらっと揺らして微笑んだ。
「暗いカオしてたお嬢さんを、甘いチョコで誘ってさらってしまおうかと思ってさ」