ベルリン①
ベルリンは、毎日雨だった
だから空が青くないイメージ。なんだかアムステルダムに引き続き考えさせられたし、重かった。
ずっと壁の事とユダヤ人の事考えてた。
とは言ってもこういうの見ると嬉しくなる。ドイツ人は真面目で神経質と聞いていたけど、ちゃんとチャーミング
東ベルリン側のシンボル、ベルリンタワー(ベルリンテレビ塔)が見える。
これが壁があった時代に作られたっていうのがなんだか信じられない。私の中で、ベルリンの壁はすごく昔の物事のように感じてしまっているけれど、ごく最近の出来事なんだって事を実感させられる。
ドイツと言えばクマ!多分シュタイフ社のテディベアが有名だからだと思う。
街のあちこちにクマが見られる。日本のようにキャラクター的にしないところが不器用な感じがして好き。
ベルリンといえばウォールアート。そしてクマにも。
色遣いがかわいい。
ペイントじゃないけど、壁にトラムの写真が貼られていて、本当にホームに人が並んでるみたい。
ブランデンブルク門。ベルリンの壁のあった場所にあり、当時を象徴するものとされ観光スポットになっている。壁を境に、資本主義の西ドイツと共産主義の東ドイツに分けられていた。
ベルリンの壁崩壊の日、1989年当時の写真。みんながこの日を待ってた。
門の前にもクマ
かわいくない。
地面にはまだ壁の跡が残っている。この壁の跡を簡単に通り過ぎている事を申し訳なく感じた。
当時、東ドイツの住民はこの壁を超えようと必至だった。壁の向こうの自由の国、西ドイツへ逃げるため、トンネルを掘ったり気球に乗ったり、国外に出て他の国から西側へ入ったり・・・・・それでも、見つかった者は射殺された。
壁の跡沿いに歩いていたら、こんな不思議な光景が・・・・・
ホロコースト記念碑。アートかと思いきや、ナチスによるユダヤ人犠牲者を慰霊するためのモニュメントらしい。ホロコースト(大量虐殺)という言葉を聞くだけで背筋がぞくっとする。
このおじいさんは、もしかしたら当時を体験した生き残りなのかもしれない。
記念碑とはいえ、地面が段々と低くなったり、迷路のようでもあるし、おもしろい造りになっている。
みんな中に迷い込んでかくれんぼのようにして遊んでいた。
悲運な歴史を背負いながらもやっぱり今のベルリンは現代アートだなぁ。こんな歴史があるからこそ、なのかもしれない。
こちらにはクマではなくゾウ。赤いぞぅ。
ベルリンの壁の跡をたどっていたら壁の一部がビジネス街らしきところにあった。
ラブ&ピースのマークが描かれている。資本主義でも共産主義でもなく、平和主義であればいいと思った。
でも壁の側面にはガムがぎっしり貼り付けられてたなぜだろう・・・・・
他にもいくらか壁の展示があった。ドイツ軍の格好した人もいた。パフォーマンスとわかっていても、嫌悪感を抱いてしまう。(ドイツ軍が悪者なわけじゃないけど)過去のドイツに悪いイメージしか無かった。
残されたベルリンの壁。ここはあまり落書きがない。裏側に当時の資料が色々展示されてた。
ヒトラーなんてすぐにひっとらえてしまえばよかったんだ。世界一の悪者。
壁の穴から見たカップル。こんな穴から楽しげなカップルが見えなくとも、東側の人々は西側に憧れた。
何気なく自転車で走り抜ける彼の心にも壁があるかもしれない。
壁の写真のあっかんべ~を、ヒトラーに見せてやりたい。
これは何を意味しているのだろう・・・・・アートではないだろう。
道に並んだお土産はこんなものばかり。こういうものが売りになるって珍しい気がした。日本にあるサムライグッズのようなものなのか?!
公園にも原色のペイントが見られる。かわいい。
ユダヤ人博物館にも行くべきだと思った。
外観は倉庫か立体駐車場をちょっとモダンにした感じ。ちょっと威圧感があってこわい。
中もとても現代的だった。(モダンって、写真に収めにくい)ヨーロッパの建築ばっか見てたから、斬新さにちょっと戸惑った。
ここ「何もない部屋」とかそんな感じの部屋。本当に何もなくて、ここにこの部屋があるということについて考えさせられた。多くのユダヤ人は、この何もない部屋にいる事以上の虚無感を常に味わっていたのだろう。
ナチス時代のユダヤ人には、このワッペンをつけることを義務づけられていた。
ユダヤ人というだけでいじめられたり、店に入れなかったり、入口を分けられたり・・・・・最終的にはみんな殺された。
こんな風に人間を区別して差別する時代なんて、もう二度とあってはならない。
絵を描くのが好きだったあるユダヤ人少女の時間割。彼女も、収容所に送られた。
ユダヤ人博物館には、ユダヤ人の歴史とともにユダヤ人にまつわる展示品もたくさんある。
これはユダヤ人が頭に乗せる帽子のようなもの。バラエティ豊か。
ユダヤ人にとって、いちじくの木は神様の祝福の象徴らしい。
ここにはイチジクの実の形した紙に、みんなの願いが書かれていた。
世界が平和であってほしい。
そんな想いを胸に次に向かったのは壁博物館。
ベルリンの壁の歴史が綴られている。日本語の説明が全然ないから内容がわかりづらかった。もっと勉強しなければ、と痛感した。
これは1961年に作られた最初のベルリンの壁。
最初はこんな有刺鉄線だった為、比較的簡単に飛び越えられたらしい。
これがあっという間に壁になり、その後28年間、超えることもできなくなった。
当時は誰もこの有刺鉄線が28年間東西を分割する壁になるなんて思わなかった。
だから家族を東に残したまま職場のある西側に渡った男もいた。彼は家族に28年間会うことが出来なかったという事になる。ありえない。最初に予告しておくべきだ!!!
館内に飾られた子供たちの絵
心に平和をもたらしてくれる。
みんな、壁がなくなる日を待ち望んでいたんだ。
壁が壊れた事で、人々は豊かになれたのだろうか。ちゃんと変化はあったのだろうか。拍子抜けしなかっただろうか・・・・・と余計な心配をしてしまう。なにはともあれ、良かった。
何事もなかったかのように、平和はおとずれたに違いない。でもこの事は決して忘れてはならない。
めっちゃ考えさせられて暗くなったところ、外も暗くなっていた。太陽が恋しかった。
そして帰りがけにもクマ!!