私が生まれたときから、母は「先生」と呼ばれる人だった。
だから「先生」という言葉に特別な偉大さや、恐れ多いといった感覚は無かった。
ただ、母が一人で家事を全て完璧にこなしながら、「先生」であることは私にとって誇りだった。
そして小さい頃から、私は「先生」にはならないとも思っていた。
母を誇りに思いはしたが、「先生」である母に憧れてはいなかった。
憧れたのは、家事と仕事を両立させて更に、自分の技術を磨く努力をする姿の方だった。
人に物事を教えるということは、時として思い通りには出来ないものだ。
むしろ、思い通りにいかない事の方が多いものだ。
何でも自分の計画通り、思うように物事を進めたい私の性格には向かないと思っていた。
「先生」という立場で誰かを指導することに、漠然とした嫌悪感すらあった。
大学生の頃だったと思うが、成り行きでドラムの家庭教師をしたことがあった。
ドラムって、あの、ドラムだ。
バンドの後ろに要塞のように組み上げて叩く一人パーカッションである、ドラムセット。
知り合いのつてで、ドラム初心者の女の子が困っているので見てあげてほしいと言われた。
何もかも独学で叩いていた私が、教えるも何も無いのだが、とにかく困っているから助けてあげてほしいと言われてその子の家に行かされた。
何から始めたらいいか分からなくて、最初はスキル確認と目標設定から始めた気がする。
最初の授業は春先だったが、本人曰く秋の文化祭で学内バンドデビューというのが最終目的だった。
およそ半年。
その間に3曲ほど仕上げたいと言われたが、何せ初心者。
ドラムの譜面からして読めない。
スティックの持ち方も分からない。
8ビートも知らない。
当然、基礎から教えることになる。
これは相当ハードルが高い。
数回のレッスンで基礎が何とか終わると、ようやく曲に手をつける。
だがしかし、既成曲のコピー。
コピーと言ったってプロが叩いているものを、それらしく聴こえるように叩くのはやはり初心者にはハードルが高い。
最初のうちは小節が進むにつれて楽しそうにしていたものの、何度もやるうちに上手く叩けない部分の克服が困難な事に気付いてつまらなさそうな顔をされてしまった。
それでも曲として形にしなければならないので、止むを得ず、手数を減らしてもそられしく聴こえるようにアドバイスしてみた。
私個人としては、既成曲から音を抜くのは好きではないが、本人はそれで形になるならと喜んでいた。
自分だったらどんな無茶をしても叩けるようになりたいところだが、自分のモチベーションを教えている相手にぶつけたり強要したりすることは出来ないんだと、その時感じた。
そうしているうちに、忙しい事を理由にレッスンの回数が減り、結局私が面倒を見られたのは夏までだった。
音を抜いて叩くことに味を占めたのか、私がチェックしていない部分まで自力で音を減らして最後まで辿り着けるようになったようだ。
それがバンドとして成立する程度の減らし方だったのかどうか、私は知る由も無い。
ただ、私にとっては人にものを教える、しかもそこにわずかでも謝礼が発生するという初めての経験が、とても勉強になった。
今思うと、あの時のレッスンは秋までに三曲仕上げるという目標を達成する事に捉われて、ドラムそのものを楽しむ事を教えられなかったんだろう。
私はドラムの先生ではないし、困っていると言われて助けに行ったのだから、ドラムの楽しさを教えられなかった事に大きな問題は無い。
問題は無いが、彼女のその後を思うと、ドラムをしていたことが楽しい思い出にはなっていなさそうで申し訳なく思う。
更に言えば、彼女が練習するためにサイレントドラムを購入して、私に御月謝を支払ってくださった彼女のご両親にも申し訳なく思う。
自分ってつくづく、教えることに向いていないし教えるのは好きじゃない、と思った。
そんな話題を抱える私に、母も同意したときは驚いた。
「ママも先生なんてなるつもりなかったし、教えるのは好きじゃないわよ」
あまりにあっさりと、さも「知らなかったの?」と聞いてきそうな顔で言われた時は、我が母ながら大物だと思わされた。
大学の教職に就いて軽く20年越えてるんじゃないかって頃の告白だったからだ。
しかも、好きじゃないと言いながら、卒なく教えて学生にも人気があるところが私には理解できなかった。
本当はコイツ、教えるの好きなんだろ?と疑ったりもした。
疑った末に分かったのは、やっぱり母も教えるのは好きじゃない人だということだった。
具体的な理由の明言は避けるが、好きでも無いのに教えられるのは、それだけ勉強を重ねて努力していたからだということを知った。
勉強や努力は、自分の知らない事や自分の出来ない事を補って身に付けるだけではなく、自分以外の人が出来なくて困っていることまで補うものなんだと知った。
人それぞれに、出来る事と出来ない事、得意なことと不得意なことは違う。
私には難しくても、他人には簡単な事もあれば、その逆もある。
それらを教えられるだけの知識や技術があることで、教えることは好きでは無くても教えることは出来るのだろう。
そういった出来事があった上で、長年続けてきた着付けの勉強を活かして、着付けの指導をしてみようという気持ちが私の中にも芽生えるようになっていた。
最初は着物を着ることが好きなだけで、一人で着られるようになりたい、その程度の気持ちだった。
先生方に「教えるようになりなさい」と言われても、全く興味を持てなかった。
自分さえ一人で着られれば、他の人に着せたり着てもらったりすることなんて必要ないと思っていた。
教えることに興味を持てない理由のひとつに、自分の中に他人に教えられるほどの知識や技術が無いという、自信の無さもあったことだろう。
今も、自信を持って人に教えられるまでになった訳ではない。
そんな私でも、学び続けたどこかのタイミングで、教えることで一層自分も勉強してみたいという覚悟のようなものが定まった気がする。
だから、誰かに教えられる機会があれば、それを逃してはいけないと思えるまでになった。
今日(7/6)、所属するお教室が主催する、ゆかたの講座があった。
習いに来るのはお知らせを見て集まった、初めてお会いする方々およそ20名。
指導するのは、既に指導歴が長くあらゆるお教室で教えていらっしゃる先生。
そこに私も、お手伝いをさせていただくことになった。
私の中では大先輩である先生の「助手」に過ぎない立場なのだが、習いに来る方にとっては私も「先生」。
「先生」と呼びとめられて質問をされる度に、不思議な感慨になった。
私なんかが「先生」と呼ばれていいの?
いいも悪いも、既に呼ばれる立場に立ってしまったのだ。
「先生」と呼ばれることに恥じないだけの勉強をしなければならないと、改めて覚悟を決めた。
そして。
「先生」と呼んでくれる方を気持ちの上で裏切らない為にも、今度はちゃんと、楽しく学んでいただけるように努力しなければいけない。
習いに来た方が目的を果たすだけではなく、その過程も有意義なものになるように。
いつかのドラムの二の舞にならないように。
これは、今の気持ちを忘れないためのメモ。
この先どうなるか分からないけれど、多分一生続けてゆくことだから、今思っていることを残すためのメモ。
こんな「先生」でも良いな、と思ったら、いつでも門を叩いて習いに来てください。
その日のために、お勉強してお待ちしています。