物心ついた頃には、母はピアニストだった。
私が幼いころに初めてのソロリサイタルを開催して、
以来、何年かに一度リサイタルの機会を設けている。
リサイタルホールの空気とか、
大勢のお客様とか、
照明のついたステージ、
華やかなドレス、
そしてお祝いにいただく花束の山。
何もかも、何年かに一度訪れること。
非日常的でありながら、我が家にはごく自然なこと。
だからそれを、すごいとか、特殊とか、他人と違うと考えた事はない。
だけど、今になってようやく実感するようになってきた。
それは少し、特殊なことだと実感するようになってきた。
それは、多数の人と同じことではないと実感するようになってきた。
家庭のカタチは様々で、
家族の繋がりも多様な時代だ。
それぞれの家庭に、それぞれの『当たり前』が存在する。
私の家族の、『当たり前』が存在する。
『当たり前』だから、大変でもないし、すごいと誉められることでもない。
傲慢ではなく、素直にそう思っている。
だから、少しだけ困る。
『大変だったでしょう』
とか
『すごいわね』
とか。
言われても、それが当たり前の私には大変なことなど何もない。
ただ、一人でステージに立つ母は大変。
何もかも一人で動いて、一人で決めて、一人で立ち向かう母はすごい。
そんな母の背を見て、私はどれだけ支えになれているのかと思わされた。
今まで漫然と過ごした、リサイタルという日に。
それだけじゃない、母の生き方そのものに。
自分のことばかりに夢中で、真っ直ぐ向き合いきれていない不器用な自分に、
もっとやるべきことがあるように思わされた日だった。
ママ、
今日はおつかれさま。