地下鉄の乗換え用通路にて。
目の前で、
すれ違い様に腕がぶつかりあったサラリーマン二人。
ぶつかった方:カートを引いていて、接触にあまり気が回らなかったようでそのまま前進
ぶつけられた方:無言のまま苛立った様子で、片手にしていた新聞を近くの壁に思いきり叩き付ける
周囲の人たち:激しい物音に驚いて、凶行に出たサラリーマンに振り返る
怒鳴る訳でもなく、独り言を漏らすでもなく。
だけど抑えられなかった怒りに任せて、壁を殴る行為。
どうなの?
腹立たしい気持ちはもっともだろう。
会釈だけでもお詫びはあるのと無いのとでは大違いだろう。
たとえ混雑している通路だとしても。
止むを得ない接触だったとしても。
だけど。
原因に対するコミュニケーションを計る訳ではなく、
感情に任せて拳を上げるのは、
やはり大人として、社会人として…というか、
理性を持った人間として、好ましいものではない。
それを抑えきれないくらいの衝動と怒りを、
あの人は抱えていたんだろう。
そう思って割り切るしかない。
そう思って割り切ろうとすることが空しい。
どうして、人は、
進化によって獲得したコミュニケーション能力を活かせず、
手に入れた力を本能のままに振るうのだろうか。
それを、人間の行いと考えて良いのだろうか。
進化の先には、退化と滅びしか存在しないというのだろうか。