この間NHKの番組で
プラトンの「饗宴」をやっていた。



紀元前四一六年頃、若き詩人アガトンが催した祝勝宴において、列席したアテネの教養人たちが愛の神エロスについて各々の見解を述べる――プラトンの戯曲ないし対話篇「饗宴」はこんな設定で物語が進む。



この書は、まさに、師ソクラテスを称賛するために我々を招待してプラトンが催した饗宴だったのである。


実際には、祝勝会はやってないそうだけど。

万人にわかりやすく説明するための手法ですね。




「すべての人間は、身体の面でも魂の面でも常に懐妊の状態にある」


ですって、どう思います?(^ω^)



「美しい対象を見たり、近づいたりすると自然と心が和やかになり、
出産したいと思う」

それは、「不死を求めるため」

愛するとは、何かを相手と生み出すこと

生きるとは、生み出しながら生きている。

魂が懐妊している人は、美しく気高い魂を持つ人との出会いを喜ぶ。
その人のそばにいようと、離れていようと
その人のことを 記憶に留めながらはらんでいた知恵を産み付け出産する。


プラトンが書いたこの「饗宴」こそが、まさしく ソクラテスのことを

記憶に留めながら 「出産したもの」ということですね。


ソクラテスは、プラトンの師であって

ソクラテスが亡くなった後に プラトンが ソクラテスに関して述べているわけですが、


プラトンにしてみたら、もう書かざるをえないみたいな 感じだったのでしょうね~。


ブッダのお弟子さんたちと同じですね。

ブッダも 自身ではなにも残してないですものね。