見応え十分でした
真田幸村(信繁)と父親を処罰しようとした徳川家康が徳川方についた兄の説得で処罰はやめ2人を和歌山の九度山に追いやり
『死ぬよりも地獄の苦しみを』と思った徳川家康
兄の信幸に『これにて父弟とは縁を切れ
お主の名前は父親の文字をとっておるね?名前を捨てろ』と
信幸は信之に改名し
先生に『鹿野さんは徳川が嫌いなんです』と言われた言葉が納得できます


やはり徳川家康嫌いです
徳川家康の考えも理解できますが私はやはり真田信繁側にたって考えます
徳川家康の顔も嫌いですね
私が小さい頃から何故四角い顔が嫌いなのか、静岡が嫌いなのか理解できました
先生が『鹿野さんは、静岡は嫌いだろうね』と・・・静岡は徳川家康の本拠地
静岡の方って波長合わない人が多いです
波長の合わない人はスルーです
別れ際、徳川家康が真田昌幸・信繁に『もう会うこともあるまい』と言った台詞、身に染みますね
相容れない人がいる
人にはもともとの相性もある
自分の相性良い人ばかりに囲まれたら幸せなのに(願)