息子夫婦と同居を始めて一年半が経つ。

そこらのサラリーマンより少しばかり稼いでいるらしい息子が

生活費はもちろん、たまに小遣いもくれたりするから、

ありがたい夫の遺族年金は、丸ごと自分の小遣いになって、お金の心配はせずに済む。

たまに体調を崩しても、息子も嫁もそれなりに心配してくれるから、以前のように心細さに泣くこともない。

何度か墓参に帰省したけれど、わんこのももを預ける心配もなくなった。


きっと今の私はしあわせなんだろうと思う。


孤独に耐えきれなくて、同居を決めたのに時折後悔の念が溢れ出す。


息子に縋った自分が不甲斐なくて腹立たしかったり、

全てを託している今の暮らしに、存在価値を見失って

消えたい 消えたい

と頭の中で暴れ出して、病んでしまっていた。


これが60代にありがちな鬱かと病院に行こうかとも思ったが、薬漬けになってはおしまいだと

自己治療にとどめた。


生まれ持っての気性が、開き直りの道を示してくれた。


そうは言っても生きねばならない。


誰かと暮らせば多少は気を使うのはあたりまえ。

不満があっても、口にすればギクシャクしてめんどくさい。


孤独と抱き合わせの自由を手放したのは自分だから

ないものねだりしてもしょうがない。


なんだかめんどくさいなあ。

生きるって、、、


さっさと逝っちゃった夫が羨ましっかったりする。


しあわせってなんだっけ?

自分じゃわからないから、他人が見てしあわせそうだというなら

きっとそうなんだと思っていよう。