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 何かの映画を観に行ったとき、たぶん予告で見たのだと思う。映画の雰囲気から薄々気になっていて、アマゾンプライムで見つけたので鑑賞してみた。

 

 ネタバレ含みますので以下閲覧注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらすじや前評判は何も知らず。途中でwikiを見た。ので、ハンセン病やその差別がモチーフの作品だということも、浅田美代子が劇中で言うまで知らなかった。ただ、河瀬直美が監督であることから、何か社会的なテーマがあるのだろうなとは思っていた。

 中3のワカナと、その年頃にハンセン病が分かり入所させられた徳江の対話が印象的。若くて自由があるワカナと、同じ年頃で自由を奪われた徳江。そして、ハンセン病を理由に堕胎させられた赤子と同じ年頃の千太郎は、過去に犯した罪により自由を奪われた身である…。出所に間に合わなかった母の死と、徳江の死が重なり、虚しさを覚えると共に、店舗を出て、公園でどら焼きを売る千太郎の吹っ切れたような表情に、しみじみとしたものを覚えた。

 

 自由な生き方とは、働くとは、何だろうか。

 わたしも病気で仕事を辞めてしまった。転勤族の妻であるわたしにとって、働くとは地域のつながりを得て、住まわせて貰っていることの恩返しをしたい、短い期間だけれども、ここに住んだという証を残したい。そんな意味のあることだった。若い頃に社会のつながりを絶たれた徳江にとって、どら春でのアルバイトは、そのつながりと生きがいを取り戻したいという希望だったのだろう。でも一方で、「役に立たないといけないということはないのだ」というのもこの映画、そして原作小説のメッセージでもある。病気で最早専業主婦でもなく、ニートと化しているわたしにとって、これは救いの言葉でもあった。でもこれは、相模原の事件が起きた際に、言われていたことではなかったか?とも思う。

 

 ハンセン病は、大学時代にたまたま差別の歴史について講義で聞いた。講師は国内外でハンセン病の差別についてや、国外の若い、幼い患者が自立できるよう活動している女性だった。彼女について、インドで彼女が携わっている学校や、ハンセン病の博物館にも行った。

 予防法が撤廃されたのは、平成生まれのわたしが小学校に入った年である。石田光成と、ハンセン病だったという大谷吉継の逸話を、高校のとき日本史の先生から聞いた。あの逸話が江戸時代の作り話だったとしても、そのときから根深く長い長い差別があり、法律上差別が撤回されてから20年しか経っていないことになる。どれだけこの偏見を取り払うのが難しいだろうか…。

 ワカナちゃんは「お母さんに徳江さんの指のことを言ってしまった」というから、店に寄り付かなくなった子はきっと親や周りの大人に言われて店に来なくなったんだろうけど、実際ワカナちゃんくらいの年の子って、癩って知ってるんだろうか? わたしはたまたま学校で教えて貰ったけど…。そういったことも、知るきっかけになって欲しいと思います。