「麒麟の翼 」を観ました。
- 麒麟の翼 (特別書き下ろし)/東野 圭吾
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- 麒麟の翼 劇場版・新参者 オフィシャル・フォトブック/著者不明
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東野圭吾さんの小説は実は読んだことがありません(爆)
理由はなんとなくおも~い感じがしそうだから。
表紙とかなんか黒っぽいダークな色がおおいですよね。。
でもね、この東野さんの本は、広告みて、ちょっと読んでみたいなと思いました!!
これいくつか種類あるんですよね~!!
- 歪笑小説 (集英社文庫)/東野 圭吾
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- 怪笑小説 (集英社文庫)/東野 圭吾
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- 怪笑小説 (集英社文庫)/東野 圭吾
- 毒笑小説 (集英社文庫)/東野 圭吾
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- 黒笑小説 (集英社文庫)/東野 圭吾
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- 毒笑小説 (集英社文庫)/東野 圭吾
- 東野圭吾さんの本って暗いというか重いテーマが多い気がして
(でも犯人とかめちゃ意外な設定でおもしろいんだけど。)
読んでると、どよ~~~~んってひきづられちゃいそうで、
大人気だけど 敬遠していたというか、なんとなく読むまでには至らずでした。。
でもドラマとかは「流星の絆」はクドカンさんとのコラボだったし観てた♪そして新参者もドラマでもずっとみていたので、映画版も気になっていました。
そしてそれ以外にもこの「新参者」の舞台って日本橋界隈!!
なのでみなれた風景が多くてなんだかあそこだぁ!!とかここだ!!とか
そういった意味でもみていてたのしかった!!
「日本橋」なんてよく渡るし 笑 だって会社の近くにありますからね☆
「麒麟の翼」
いつもあの橋をわたっていたのに、すばらしい彫刻?だなと思いつつも
「麒麟」という空想の動物がモチーフだったとかいままでしらなくて
わたしも「ドラゴン」かなにかだと思ってました。
なので この「麒麟の翼」の由来とかもあわせて勉強になりました!!
(実は自分の中で、いまの会社(場所)に決めたのは、すご~く意味があることだった。
その場所を希望したのは自分なりにちゃんとした理由があって、職種とか関係なかったんです。
ただこの場所だ!!って思ってた。
それが、わたしにはとても大きな意味も持っていたから。
そしてこの映画を通して、実際に自分と偶然にもかぶるところがあってなんだかすごいなと思った。
なにかを感じ取っていたのかな。
なんだかその事実がすご~くうれしかったりしたんですよね☆
→ネタバレになっちゃうから、あえていいませんが、
そのときはとにかく東京のド真ん中でがんばりたい!!って思いがあって、
それが映画をみてつながったかんじがして、ちょっぴりうれしかった。)
今更だけど(笑)麒麟のあの銅像、今度じっくりとみてみたいと思います。
いまも置いてあるかわからないけど駅?かなにかにおいてあったそうです。
映画の中では、「西川ふとん」とかもうつっていて日本橋を歩いていると
いろんなお店が、
麒麟の翼のタイアップしてて広告がはってあったりします♪
このパンフには、実際、映画で訪れた場所なども載っています。
ちょっと見づらいですけど、上の「黒茶屋」(黒木メイサちゃんが働いてるカフェ)には
わたしも本当にランチ時にみんなでいったことあります!!
あのまんまです。中庭にいやされます♪
本当のお店の名前は「Cafe 紅」
ちょっと行くまでに道に迷ってあやうくランチ難民になっちゃいそうだったけど(笑)
無事たどりつけたことを思い出すな~♪素敵なお店でした!!
(たぶん過去記事のどっかにレポがあるはずだけどwwちょうどドラマやっていたときくらいに行きました♪)
メニューとかも手書きぽくてとってもあたたかい雰囲気のあるカフェでした。
さて、映画の話にもどりますが、涙あり、家族関係とか、人間関係とかいろいろ考えさせられました。
私、この映画みてすごく感じたことがあった。
相手のことを、すご~くわかってなんでも知っていたつもりになっていても、
それは知った気になっているだけで、
実際にふたを開けてみたら 実はまったくなにもわかってなくて、
全然知らないことがいっぱいだったりして、
戸惑って悩んで、自分の愚かさというか、いったいなにやってたんだろうって気づく。
それはもうだいぶ前に私はきづいたことだった。
勝手に自分は相手のなんでもわかってると思い込んでいただけで
それは大間違いで、誤解だった。
言い方は悪いけど所詮、自分以外はみな他人です。
家族だって、友達だって、旦那様だって、彼氏だって、奥さんだって、彼女だって
大事な人だって、決して自分ではない「別の人」「個々」なんだもの。
「全部私はわかってる!!」なんていったら、それはただの「傲慢」なだけかもしれない。
いくら仲が良くたって、いくら大好きだって、いくら一緒にいたって
もうわかってるし。なんて思って、胡坐をかいたらダメ。
いくらそばにいても 近くにいても
じつのところ相手のこと、本当のところなに1つわかっていなかったり。
ほんの一握りのことしかわかっていないのに、
それでもう全部わかったきになってしまう。
家族という関係、恋人という関係、夫婦という関係、仲間という関係
そういう関係性に自分が甘えてしまう。
はじめは0からスタートだから、
いろいろ知ろうとしたり近づこうとしたりしていたのに、
関係が安定してくると
その人自身をみようとしなくなってしまっているのかもしれない。
そして、いつのまにか見ていなくなってしまったいろんなことがあったりするのに。
自分の中では、そうは思っていなくて
最初の情報だけで、それがいまも既存のことだと思ってしまう。
でもそれは思い違いで 人はいつだって同じではない。
「いま」という時間はいつも新しいはずなのに。
それにきづかない。
昔苦手だったものが、いまは食べれるようになったりとか
好みだって思考だっていつもいつまでも同じではないかもしれない。
その人が いまなにを考え、いま何を思い、いま何を大切にしているか
それがとても大事なのに。
そして他人のことなんて わからないからこそ、
どんなに近くにいても、どんなに一緒にいても
相手に対していつも
もっとわかりあおう、もっと寄り添おうという努力ができるのかもしれない。
どんなに頑張ったところで相手の全部をしることはできない。
100%理解しあえるなんていうことがあえりえないからこそ、
人はその中で、すこしでもわかりあいたいと努力できるんだと私は思ってる。
1歩でも近づけたらって、相手のことをわかったつもりにならないで
毎日が違うように毎日相手の思いも違うはずだから
わかってるふりをしないで、
何個だって相手のいろんな新しい発見はまたあるはず。
どんなにわかっているつもりでも 相手の心をが読めない以上、
それは単に自分が相手に“そうであってほしい”という押し付けなのかもしれないし
願いなのかもしれない。
そしてそれは、自分のわがままな高慢な考え方でしかないのかもしれないから。
だからって、逆に、相手のなんでもわかって、なんでもお見通しだったら、きっとつまらないと思う。
わからないからこそ、できることがたくさんあるのかもしれない♪
大事なことに気づかないで
みす過ごしてしまっていることがないようにいれたらなって思いました。
相手の裏の気持ち(本心)とかって なかなかわからないから
ちょっと誤解して そこからこじれてしまったりしてしまうことはいっぱいあるけど、
実はそういうことだったのかってわかったら、いままでの自分の思いに悔やんでしまうと思うの。
どうしてもみえる部分だけで判断しがちだけど
ちゃんと向き合える大切さをなんだか考えさせられました。
映画の中にも
あのときちゃんと向き合えていたら
あのときちゃんとわかっていたらっていうことがちりばめられていたけど
でも、過ぎてからでは遅くて
「あのとき」に気づかないと大事なものを自ら見落としてしまうかもしれない。
映画はいろんな人のさまざまなことが絡み合い
それぞれの思いが
いったいどうして?という謎を紐解くにつれ、それぞれの思いを知っていく。
この映画をみて
人の思いや、関係をあらためて考えさせられる映画だったな~って感じでした。
ドラマのときみたいに、謎をといていくのは面白かったです。






