眠い・・・。![]()
続きを書こうと思いましたが、旦那が飲んで朝帰りしたので起こされて寝不足・・。ちょっと頭が働かないので、別な話を。
皆さん、長野冬季五輪を覚えていますか?ジャンプ団体・スピードスケート清水選手他、金メダル沢山でした。今日はこちらはTV各局でメモリアル番組をやっています。
今、野外の特番の司会でルー大柴さんが出ていて、さっきは通天閣のヒーロー、ET-KINGSが歌ってました。
私、その年に所帯を持ち、前年の秋から長野にいたので、どんどん変わって行く長野を目をぱちくりさせながら見ていました。五輪期間中のあの人の多さ!!もう長野にあんなに沢山の人が来る事はないでしょうね。盆と正月が100回位来たようなあの雰囲気。あれを実際にそこに住んで味わえた事はとても幸せだったなと思います。
なぜ前の年の秋から長野にいたのか。それは母から「人質」として送り込まれたからです。
付き合っている時、旦那は結構優柔不断で、母にとってはそこが不安だったらしく、娘を現地に送り込めば、いくらなんでも破談という事はないだろうと。
私に対しても、本当に結婚したいのなら、一人で半年(翌年3月に結婚)位いることはできるだろうと。
生活費は私の独身時代の貯金を使えと。その位の覚悟を持てと。
アパートの敷金礼金、家賃も半年、貯金から出していました。
仕事ばっかりして家事を全然してこなかった私なので、半年一人で生活して、家事全般の訓練をしなさい、そう言われました。
普通は嫁に出す前まで母子の時間を大切にするものじゃないかと思いますが、うちの母は変わっているというか、なんというか。その時の母には、なんか逆らえない雰囲気があったのです。
結果的に、結婚後旦那はモーレツ(古い・・)サラリーマンへの道を突進して行き、帰りは早くて9時、日付変わる頃に帰ってくるのも普通だったので、半年一人でいた(旦那は独身寮に結婚直前までいた)経験は役に立ったようなんですけど。でもまあ、ホームシックっぽくはなりましたね。なんせ実家はサザエさんみたいだったので。
五輪メモリアル10年!なんて活字を見ると、一人のアパートで色んな競技をTVで見て、寂しくなると人種のるつぼと化した街に出かけていって各国の方達からパワーをもらっていた、そんな日々を思い出しました。
10年・・・あっという間だったなあ。