わたしは塾の講師をしていますので,
学力というものと常に対峙しております。
世の中の風潮として,「勉強できる=真面目=変わってる」という
何ともへんてこな三段論法がまかり通っている気がします。
塾生に,休み時間でも勉強している生徒がいます。
授業が終わったら,そそくさと数学の問題を取り出し,
ひたすら解きまくっています。
彼は全国の入試問題をネットで探してきては,
それをプリントアウトして解いているのです。
ほとんど質問はありませんが,
時々強烈な問題をもってきます。
この前は秋田県の問題をもってきてくれてのですが,
なかなかのレベルの問題で「へ?これ公立高校の問題?」と
目を丸くすることがありました。
それくらいやっていますので当然成績も優秀です。
他の生徒からは感嘆の声が漏れます。
「あ~〇〇くんはやっぱり頭がいいな~」
「すごいな~何か別次元だよ」
「うらやましいな~」
その言葉の裏には
「もともと頭が良いから勝てない」的なものが
見え隠れします。
皆と一緒に遊びまくり,スマホをいじり倒し,
休み時間も動画視聴をしまくっていて
全く勉強をしていないのに点数がいいのならば,
確かにそれは特殊能力に近い天才でしょう。
しかし,彼は誰よりも勉強しているのです。
勉強しているから成績もよく,難問にも挑戦できるんです。
彼が凄いのは決して頭が良い事ではありません。
その学ぼうとする力そのものです。
で,ここが大切なんですが,
この「学ぼうとする力」すなわち「学力」は
実は誰にでも備わっているものなんですよね。
例えば休み時間に勉強するという行為は,
頭良い悪い関係なく誰にだってできるはず。
本気で点数を上げていきたいなら,
まずはペンを取り,問題集と向き合う時間を作ること。
それすらもせずに,「俺には無理だ~」とか
言っちゃうのは怠けているだけです。
「学力格差」は「学ぼうと行動する格差」と,
わたしは考えています。
かしこ