今日は朝からどのテレビ局も震災特番を組んでいる。


3月11日は東日本大震災からちょうど1年だから。


画面に映し出される津波やその後の

街の様子の映像を見るたびに,

胸が締め付けられる思いがする。


あの日は金曜日だったと記憶している。


2時46分。


少し遅めの昼食をとっているときに,

一瞬グラっときた。


と思った瞬間激しい揺れが建物を襲う。


慌てて外へ出ると,電信柱があり得ないほど左右揺れ,

何とも表現をしづらい地鳴りが響き渡っていた。


ほどなくして揺れが収まるも,状況が分からない。


家族の安否を確認し,テレビやネットで情報を集めだしたのが3時半ぐらいだった。


テレビの中の人たちも状況が呑み込めず,

ただ再び来るかもしれない余震の備えてくださいと警告をする。


少し落ち着きが出てから,津波の映像が流れた。


生中継だった。


家も車も瓦礫も,何もかもがすさまじい勢いで陸地を進み,

今まで見たことのない光景を目の当たりに,涙が出てきた。


一体何が起こっているんだ。


会津から,自分がいるところから100キロも離れていない所で

こんな事が起きている。そして,自分は何もできない。

その無力感と自然の恐ろしさをひしひしと感じた。


あれから1年。


わたしの周りは震災以前と同じ状況に戻っている。


当たり前の日常がそこにある。


先日,津波にのみ込まれ亡くなった

南三陸町の女性職員の方のメールが世に出た。


ご家族の方が,心の整理がついたからということで

世に出してくれたようだ。


彼女は最後まで役場に残り,住民に向けて防災放送を続けた。


「津波が来ます。すぐに高台に逃げてください。」


あなたは,あなたも逃げなきゃダメじゃないか。


それでも彼女は放送し続けた。


メールは恋人とのやり取りだった。


「絶対に死なない。愛してる!」


それが最後のメール。


果たして,彼女の親族(婚約者の方も含めて)は

本当に心の整理がついているのだろうか。


住民を心から守ろうとした優しい彼女を,

決して忘れてはいけない。


この震災は1つの出来事ではない。


彼女のような,その周りの人ような,

そんないろいろな人の周辺を一瞬で変えたできごとなんだ。


そこには何十万もの物語がある。


「絆」と日本中,世界中が寄り添ってくれているけど,

実は被災地ではほとんどがまだまだ復興すら始まっていない。


そんな中で見せられる映像は,

何気なく眺めることなんてわたしにはまだできない。


胸が締め付けられる思いがする。


涙が出てくる。


本当の絆とは,ただのお題目ではなく,

1年前の映像をなぞるだけでもなく,

被災者の気持ちになって寄り添うことと

竹を割ったようなスパッとした迅速な対応,

そして迅速な補償以外ありえないと思っている。


政府には早めに復興(つまり被災者の方々への補償)を望む。


ちなみにごっちゃになりがちだが,原発問題は震災ではない。


明らかに人災であり,

原因(厳しい言い方をすれば加害者)がはっきりしているのだから,

こちらも変なしがらみを抜きにして,スパッと解決してほしい。


犠牲になられた方々のご冥福を,心からお祈りいたします。


かしこ