全国龍馬伝ファンの皆様,こんにちは。
本日も夜の8時から龍馬伝が放送されます。
ついでに,イングランド戦はその後ですのでチャンネルはそのままで。
ちなみに,サッカーです。
龍馬さんをお慕いして早十数年。
そんなわたくしが,龍馬伝だけでは語りつくせない裏話を,
これからちょいちょい,N○K非公認のまま添えていこうと思います。勝手に。
え?そんな情報はいらんと申されますか?
ちくと待ってつかぁ~さい!
これを知れば龍馬伝が10倍,いや100万倍面白くなるであろう情報ですぞ。
あ,いや,言い過ぎました。やっぱり10倍くらいですけども,聞いて損はないですよ。
ねっ?ねっ?だから書かせてください。
あ・・・
ゴホンゴホン。。
だから,書かせてつかぁさい。(←言いたいだけ)
なお,歴史の事なのでネタばれと言うのはちょっとおかしいですが,
龍馬伝よりも先の内容も書くことがあります。
ただ,それはどうしても知っておいてもらいたい,
知っていた方がより劇中に入り込めるという理由なのでご容赦くだされ。
今日は龍馬の妻となる『お龍』が登場しますが,それはおいといて,
今回のピックアップヒューマンは土佐勤王党・党首『武市半平太』でございます。
龍馬伝での武市さんはかなり暗い陰険男に描かれていますが,
本当はもっと明るい部分も持った,本当にまじめな青年だったのです。
奥さんの『富子』と結婚したがは半平太20歳,富子19歳の時。
武市さんと富子さんは本当に仲が良く,また深い信頼関係にもありました。
いつの時代も女性問題が原因で失脚する為政者は居るものですが,
この武市さんに限っては一切浮気はしなかったそうです。
ある時,子どもができない二人を気遣った弟子たちが富子さんに相談します。
奥さんにはしばらく実家に帰ってもらい,他に女中(お手伝いさん)をつけましょう。
さすがに武市先生もきっと浮気心が芽生え,まあ子どもも授かるでしょう,と。
この時代は跡取りがとにかく大切で,奥さんではない人(妾)が子どもを産んでも
良いという慣習があったのですよ,付け足しですが。
しかし,そんな状況下であっても半年間半平太は一切手を出すことも無く,
弟子たちの計らいも雲のごとく流れ去ってしまいます。あっぱれ半平太!
京で血の雨を降らせていた時でさえ,半平太は富子に手紙と絹布と手紙を
せっせと送るほどの愛妻家だったのです。
時は流れ,「勤王派」は「公武合体論」に敗れ去り,武市は投獄されてしまいます。
捕縛される当日(前回,二人が膳をとっていた場面)が,今生の別れとなるのです。
引き裂かれた二人の愛はここで途絶えるのか?
いやいや,ここでも二人の強固な愛の形は続けられます。
富子は毎日牢屋にお弁当を届け続け(会う事は無論できない)
獄中の夫を想い,富子はその日から板の間に布団も引かず寝るのです,夫と同じように。
しかし,二人の想いも終わりを告げるときがやってきます。
それが投獄から1年9ヶ月後,武市半平太切腹の時でした。
幕末,実は武市半平太が考えていた通りに時代が変わり,
切腹を命じた山内容堂も後年「半平太,すまなかった」と涙を落としたと言います。
さらに,切腹を見届けた藩役人・後藤象二郎も明治になった折,
富子に『武市先生を罰したのは私たちの間違いでした』と陳謝したとも言われています。
少なくとも,半平太の誠実・実直さは多くの人からの人望を集めていたのでした。
最後に。
「お~い竜馬」で大好きなシーンがあります。
大政奉還が実現され,竜馬は新しくできる新政府の役職名簿を考えているとき,
目を細めながら,脇に居た土佐出身の海援隊士・長岡謙吉にこう言います。
「この中に 武市半平太という名は 入れたかったのう・・・」
まさに,まさに龍馬と武市の関係を表す,最高の台詞にほかなりません。
長文になっちゃいましたが,そんな半平太を思いながら龍馬伝を見て頂けたら幸いです。。
かしこ