オレは今年も『勉強の神様』のところへ,新年のあいさつに来ていた。


昨年神様が

“あいつはかなりの可能性を秘めた生徒だ”

“可能性を潰さぬようにしっかり頼むぞ”

こんな事を言っていた(気がする)


たしかにあいつは中3になってからメキメキ力をつけてきた。

超がつくくらい素直だからそりゃ伸びるのも納得できる。


志望校も夢高にしたから,気合も入るってモンだ。


しかし,いくらあいつが頑張っているからといっても,

まだ状況が厳しい事に変わりはない。


あと一段階。

さらに上の意識改革が必要だろう。


オレにとって,その意識改革が若干の躊躇を生む。


果たしてあいつにできるだろうか。


あいつに“その”状態でいる事が耐えられるだろうか?


そんな事が頭の中で堂々巡りになっていた。


『おお!クーラーじゃないか!あけおめおめ!!』


向こうから随分騒々しい奴がやってきた。

この寒い時期に黒のタンクトップ一枚で,

ゴツゴツした笑顔を浮かべているそいつは,黒シャツだった。


相変らず季節感ゼロの装いに,ため息も出ない。


「ああ,おめでとう。今年もよろしくな。」


『おいおい!そうじゃないだろう』

軽くウィンクしてこう言った。

『ことよろ♪』


・・・オレよりも充分こいつの方が寒いだろ。


そんな事を考えていたら先ほどから頭の中を占めていた思いが

まるで心太の様に言葉になって飛び出てきた。


「それよりお前のとこの子,もう最終段階に入ったの?」


『なぬ?最終段階?ああ,ちょうど12月から入ったよ。』

『さすがにしんどそうだが,鍛え方が違うからすぐ慣れてくれるだろう』

『お前んとこはもう入ったのか?』

『って言ってもお前の様な寒い奴に習っていたら耐えられないのは目に見えている』


かっかっかと,見てくれ通りの笑い方をした。


「まあ,確かにちょっと不安はあるな」

「あいつはここまで随分無理をして積み上げてた感があるからさ」

「今,“あの”最終段階に入っちまったらどうなるか・・・と考えてもいる」


『へ~お前でも悩む事があんのかよ。そっちのがよっぽど深刻だぜ』

ジョッキを片手にゴクゴク白濁したものを飲んでいた。

ぐ~っと飲み終わってから,ほわぁ~っと息を吐く。

ほのかに麹の香りがした。どうやら甘酒のようだ。


・・・豪快にも程があるぞ,黒シャツ。


再び,ぷは~と吐いた勢いで黒シャツがこちらを見て,そして言った。

『大丈夫だよ。お前んとこの生徒だってきっと耐えられるさ』

『お前が生徒を信じないでどうするんだよ』


眉の片方を下げて,覗き込むように続けた。


『それとも何か?お前はそいつを辛い事から逃げ出すような』

『そんな奴に育て上げたいのか?』

『大丈夫だ。きっと大丈夫だよ』


同じ事を繰り返し言ってくれた。


大丈夫だ,大丈夫だ。


オレも心の中で繰り返しながら,甘酒を飲み干した。


受験戦争も大詰めだ。


オレの中にある覚悟が芽生えた。


51.僕が覚悟を決めた日  


かしこ