はがゆい...

はがゆい思いで
ふうはんに元気をもらってます

どこが かゆいの?
かいてあげようか?


体調が悪くて  はがゆい
何もできなくて はがゆい私です



ブログを始めた頃  少し書いたのですが
おかーはん  若い頃から
結構真面目にボランティア活動をしていました

いま  また近くで
大水害で大変な思いをされている人が
たくさんいらっしゃるのに
具合が悪すぎて  行けません



これから  東日本大震災のとき
瓦礫撤去に行ったときのことを書きます

私は  家族も無事だったし
家も流されなかった
ただの地元のボランティアでした

もしも  読むのがつらい方がいらしたら
もしも  呼んで  不快な思いをされた方が
いらっしゃったら

本当に 申し訳ないと思います



私が  津波被害のあった地区に入ったのは
震災からもうすぐ一週間が経つ頃でした
昔のツテで  ボランティアに混ぜていただいたのです

子供たちを  実家に頼んで
昼食のおにぎりを持って
集合場所からは  ガソリン不足のために
乗り合わせて現地へいきましたが

どのお宅のお手伝いをするのか
どんな作業をするのか
行くまでわかりませんでした


現地につくと  あまりの被害に
声も出ず  鳥肌が立ちました

いろんなものを見ましたが
情けないことに  いまだに
文字には出来ません

寒くて   汚泥特有の臭いがしました



現地では汚れてしまった家財道具の洗浄や
(といっても 水道が出ないので
すっかりきれいにはなりません)
家の中の片付けをしたり
他の日には  汚泥の撤去作業もさせてもらいました


びっくりしたのが
汚泥って  重くて乾かないんだなということです

津波が来なかったところは
カラリとしているのに
汚泥はズッシリと重くて
ギュッと固まっていて

重いスコップでも歯が立たず
レーキを使って  割れ目を入れてからでないと
とても除去出来ません

それを  手押し車で仮置き場に運ぶのですが
あっという間に山が高くなり
板を渡して足場にして  積んでいかなくてはならず
バランスをとれなくて  何度も転びました

一生懸命頑張ったけれど
情けないことに  おばさんは
ほとんど戦力にはなりませんでした


汚泥撤去の日には  お昼に
そのお宅の方が  知人の方に頼んでくださって
美味しいとん汁をいただきました
お互いの被害状況を話したりしながら
昼食を食べて
3時くらいまで作業したら  もう撤収

夜はその付近は立ち入り禁止になるので
住民の方もそれぞれの避難先へ戻られるからです



ふがいない自分の無力さに
落ち込んだものですが

でも  体力だけじゃなかったんですよね
ふがいないのは...


たとえば

瓦礫置き場で  
優しそうな年配のお母さんに話しかけられ
私が県内から来たと言ったら

『大変なのに  来てくれたの?
家族みんな大丈夫?  よかったよかった
ああ  ありがとうね!』と

肩を叩かれ  腕をさすられ
優しく言われて

あたし  何も言えなかった
ご家族のことも聞けなかったし
がんばろうねも何も言えなかったんです


4年半経ってやっと   今では
『私は  うちも家族も大丈夫
もっと困ってる人のところにお手伝いに行こう
何の役にもたたないかも知れないけど』
と思えると思うし

とん汁だって  もっとありがたく
『ああ  美味しいねえ  おかーさん』
といっていただけるし

ただ  話を聞いてあげられるかもしれない


今なら
もっと  いい関わりや
寄り添い方ができるのに  と思います

でも  今は  本当に
行ってもご迷惑なだけなので

いま  私にできること
ささやかですが 義援金を送らせていただきました


決して私が  いい人っていう話をしたいんではなく
本当に  歯がゆくて  情けなくてっていう話を
だらだら聞いていただいてすみません



避難生活は  長くなれば
本当に疲れます
どうか  ボランティアを頼っていただいて
少しでも負担が少なくなりますように

現地に入られているボランティアの皆さんの
応援だけしている  おばさんでした