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フィクショナル人生

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やあ久しぶり


突然だけど私がこの世で一番大好きな本


「スノー・ドーム」

スノードーム/アレックス シアラー
¥1,260
Amazon.co.jp

本当にね、お話も文章も、装丁も完璧な本





そのなかで、私が一番好きなシーンの話





舞台はイギリスの観光地、時代は現代


ということになってるけど、どことなく人物設定も場面描写もゴシック小説風





主人公の中年男性・エックマンは、子供のころから容姿が醜くて


その容姿のせいで周りに嘲笑されながら育っているので、性格も捻じ曲がっている



エックマンには憧れの女性がいて、


それは観光地の広場で大道芸"踊る人形"をやっているダンサーのポッピー。


エックマンは知らないんだけど、彼女には同じ広場で似顔絵描きをしている恋人がいる。




で、エックマンさんは容姿は恵まれていないけど芸術の才能があって、


自分でギャラリーを開いて、小金持ちといえるくらいにはお金を持っている




エックマンは、広場で大道芸をしているポッピーは生活に困っているに違いないと思うようになって


(実際のところ、彼女は他に仕事をしていて裕福でないにしろ困ってはいないんだけど)


自分が援助してやりたいと思うようになる




で、ある日エックマンは彼女が芸を披露している広場にやってきて、


ポッピーがお金を集めている箱に高額紙幣を入れてやる


普段は、客が箱に金を入れるとその重みに反応して音楽が流れ始めて、


ポッピーはそれに合わせて一曲踊るんだけど


エックマンが入れたのは紙幣だから、重みが足りずに音楽が流れない




エックマンは広場に居た他の観光客や大道芸人の視線を一身に集めてしまって焦るんだけど


音楽は鳴らないし、だからポッピーは踊らないし、


パニックになってその場を立ち去ろうとしてしまう




と、その時、ポッピーが音楽なしに踊り始める


彼女は単にお金を入れた客に酬いるために踊り始めたにすぎないんだけど、


エックマンは「自分のために踊ってくれた、音楽もなしに」って感動して、


ポッピーから目が離せなくなってしまう




やがて雨が降り始めて、広場に居た観光客たちは散り散りになっていくんだけど、


エックマンはポッピーが踊り終わるまでその場を離れられない


ポッピーも、エックマンという客が居る以上高額紙幣に見合う踊りを踊り続けなきゃならない





だけど、エックマンさえその場を立ち去れば、


ポッピーはいつでも踊りをやめられるし、雨にも濡れなくて済むのに




エックマンはポッピーが「自分のために」踊ってくれた感動と、


今まで人と関わってこなかったから人の身になって考えるってことが出来ずに、


雨の中木偶の坊みたいに立ち尽くしてポッピーを見ているしかない



広場が見渡せるカフェで雨宿りしている観光客は、


「可笑しな小男とかわいそうな踊り子」を、自分はお金も出さずに


あったかい濡れない場所で、カフェオレなんか飲みながら眺めている







やっぱり、さびしい物が好きなんだね、わたしは

空腹を紛らわすのに、コーヒー牛乳をごぶごぶ飲む日々。


どうも一日ぶり。


わざとじゃないんだけどね、


おなかすいたなー次の用事行く前にコンビニで何か買うかなー


とコンビニに入って、なんでかコーヒー牛乳を手にして出てくるよね





昨日の話だけど


国分寺の学校に通い始めて3年と半分


はじめて降りそびれて西国分寺まで行ってしまったよ


降りる駅が決まっていると、その先まで線路は続いているなんてことを忘れてしまっていたりするよね


こういうことがあると、中学生か高校生のときに先生がしていた話、「海の一日」を思い出す


たしか毎日電車に乗って会社に通うサラリーマンが、


このまま会社がある駅で降りずにずっと電車に乗っていたら、海に着くんだなあ


と考えている話


結局彼は海に行ったんだか行かなかったんだか


先生がその話で何を伝えたかったのかは忘れてしまったけど、


なんでか印象に残っている話


水辺に住んでいるので、海の見える電車に馴染みがあるからかなあ




多感な時期にそんな話を聞いた私は、


毎日通学に東京駅を使っていたので


乗り換えの通り道に並んでいる、新幹線乗り場に通じる改札を眺めて


なんだか「どこへでも行けるんだから大丈夫」という、妙な安心感を得ていました


今も東京駅を横切って乗換えをしているけど、そんなことは思いません


たぶん大丈夫じゃないんだと思う


編み物の季節は、作業用BGMの季節


今日はずっとCHICAGOのサントラを聴いていたよ



1920年代って服も髪型も音楽も車も建物も、最高に格好良いよね



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これは70年代のだけど、CHICAGOっぽい!と思ってNYの古着屋で買ったコート



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こんなイラストも思い出すよね




CHICAGOは映画も何回も観て、ブロードウェイで舞台も観たけど、私は映画の方が好きだったなあ


舞台は演出がすごく斬新な感じで衣装換えがなかったり、コメディ色が強かったりして


Mr.Cellophaneのところで笑いが起きていて、ちょっと悲しかったよ


一番とは言わずとも、三本の指には入る好きなシーンなのに


歳をとるごとに寂しいものが好きになるね



今日サントラ聴いてて一番きたところは、


ロキシーが最後にひとりでisn't it great? isn't it fun? って歌うところ


劇中劇?劇中ショーみたいな作りになってるから、時々心情とは全く逆の歌を歌ってるのがいいよね、寂しくて




映画版CHICAGO豆知識



DVDのコメンタリーで言ってたんだけど


映画版のCHICAGOは全部ロキシーの目から見た、ショービズに変換された世の中


(冒頭でロキシーの目がアップで映されるのはそういう意味


だから普通は踊れない看守や弁護士が踊り出しても、突然衣装を着替えたりしてても許してね、ということ)


なので、一番ラストでヴェルマとロキシーがコンビを組んでスターになりました、というのも


映画版では単なるロキシーの妄想かもしれない


ということ


(私は見つけられなかったけど、客席に処刑されたはずのバレリーナがいるらしいよ)




知ったときはびっくりしたけど、これはこれでいいね、寂しくて






余談になるけど、1920年代のファッションイラストレーションが好きすぎて死にそう



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もう、こんな柄の壁の家に住みたい