2004年4月2日(金)
夜8時半。
俺は、サヤの家に着いた。
夜の鳥居と数多くの墓地の群れは、
暗闇の中に漆黒の都市を
築き上げていた。
奥の方には一際大きな本堂が建立されている。
三角形の鋭利な屋根は、天高く暗闇の空を突き刺している。
その横に一軒家が建っている。
サヤたち家族の住む家である。
俺は緊張した面持ちで呼び鈴を鳴らした。
サヤの家族にはこれまでにお母さんとしか
会ったことがない。
それはいつのことだっただろうか・・・
そう・・・
あれはサヤが入院した時のことだ。
その後は、俺が家族に彼氏として挨拶させてくれと
頼みこんでも、彼女は頑なに断るだけだった。
程なくして、一つの人影が扉の向こう側に姿を現した。
お母さん「はぁ~い!」
俺「こんばんは!」
お母さん「あっ!先生ですね!
どうぞお入りください!」
俺はその声に反応し扉を開ける。
俺「失礼します!」
扉を開けると、サヤのお母さんが
柔らかな笑顔で俺を迎え入れてくれた。
お母さん「どうも、こんばんは!」
俺「ご無沙汰しております。」
お母さん「お久しぶりです!
サヤは部屋にいますけど、どうしますか?
早速指導始められますか?」
俺「いや、ちょっと待って下さい。
その前にお母さんにお聞きしたいことが
あるので、少々お時間取れますでしょうか?」
お母さん「あっ・・・はい、構いませんよ!
それではお座敷の方へどうぞ!」
俺は一階にある何十畳もあるようなお座敷に通された。
すぐに座布団が一つ用意される。
俺「すいません。」
俺はそう言って、座布団の上に正座で座る。
お母さん「お茶入れますね!」
俺「あっ!結構です!
すぐに終わりますから!
どうぞお座りになってください!」
お母さん「あっ、はい!」
お母さんはそう返事をされて、俺の向かい側に腰を下ろされる。
俺「それで、まずサヤさんの成績について
お聞きしたいのですが、最近はどうなんでしょうか?」
お母さん「はい、それが・・・
2学期の中間テストまではいつも通りの成績だったんですけど、
期末から、ガクンと成績が下がりまして・・・」
俺「?・・・2学期の期末からですか?
ちなみにどれくらい?」
お母さん「点数にすると全て90点以上だったのが
30点とか40点とかに・・・」
俺「そうなんですか!?」
まさかとは思ったが俺は口に出して原因を聞いてみた。
俺「その時期に何かあったのでしょうか?」
お母さん「さぁ・・・
ただ彼氏とうまくいかなくなったことは
聞いてますけど・・・」
俺「・・・なるほど。」
俺は表情を崩さずにそう答えた。
そう・・・原因は俺だったのだ・・・
心の中ではサヤにもお母さんにも申し訳ない
気持ちで一杯だった・・・
俺「そしたら、まずは心の整理が必要なのかもしれませんね・・・
勉強はその後ということで・・・」
お母さん「・・・はい、よろしくお願いいたします!
そのために先生を指名させて頂きましたので・・・」
俺「?・・・と言いますと?」
お母さん「しっかりと二人で話し合った方が良いのではないか?
と思いまして・・・w」
俺「・・・」
どういうことだろうか・・・
お母さんには前から俺とサヤのことが
バレているような気がしていたが、
やはりそうだったのだろうか・・・
俺は表情を崩さないように細心の注意を払いながら
尋ね続けた。
俺「それはどういうことでしょうか?」
お母さん「それ以上は私の口からは言えませんw
ただ、サヤはこの所、本当に荒れているんです。
前の彼氏と何があったか知りませんけど、
最近は男遊びも激しいみたいで・・・
学校の男子を取っ替え引っ替えしては、
ポイ捨てしてるみたいですよ?
そのことでよく家にもポイ捨てされた男の子から
電話がかかってきたりしてるんですよ。
この前なんか泣きつかれてしまって・・・」
なるほど・・・ということは、
あの時の男子も、もしかしたら
遊び相手だったのかもしれないと思った。
俺はそれを聞いて、心の中でほっと胸を撫で下ろした。
少し安心したのは気のせいではない・・・
俺「・・・そうなんですね。
わかりました。自分にどこまでのことができるのか
わかりませんけど、精一杯の努力をしてみます。」
お母さん「はい、お願いいたします!」
そう仰って、お母さんはまた柔らかな笑みを浮かべられた。
お母さんが俺とサヤの関係をご存知なのはまず間違いないようだ。
口ではっきりとそれを聞かないのは何か理由があるからなのだろうか?
しかし、俺の口から直接それを尋ねることはできなかった。
あるいはサヤがこれまで俺を彼氏として、家に招くのを
拒否していたことにも関係するのか・・・
しかし、この時点では何もわからなかった。
俺「それでは、早速指導を始めさせて頂きます。」