そのまま、その週の金曜日がやってきた。


サヤの指導初日。


俺「こんばんは!」


俺は多少、緊張した面持ちで塾の扉を開いた。


スタッフ「あぁ、こんばんは!


すでに石野さん、教室にいるんで、


早速指導を始めてあげてください!」


俺「・・・わかりました。」


目の前にある教室のドアを開く。


そこには、間違いなく彼女が座っていた。


問題集を開き勉強している後ろ姿。


俺「・・・こんばんは。」


サヤは俺に気付いたようで一瞬動きを止める。


しかし、そのまま俺に目を合わせることなく


問題集を進めながら挨拶を返してきた。


サヤ「・・・こんばんは。」


俺は邪魔しないように無言で隣の席に座った。


サヤは構わず問題集を進めている。


俺「・・・わからないところがあったら聞いてね。」


しかし、サヤはそれには反応を示さなかった。


俺は心の中で


本当に疑問点があるのはこっちの方なんだけどな・・・


と呟いた。


果たして、サヤはあの時ファミレスであったことを


許しているのだろうか?


そして、サヤはもう俺のことを


何とも思っていないのだろうか?


さらに、今でも彼氏とは仲良くやっているのだろうか?


目の前には、仲良さそうに指導を


進めている先生と生徒が一組だけいる。


もし、周囲に他の人がいなければ、


俺はこの疑問を率直にサヤにぶつけることが


できたかもしれないが、それはできない状況だ。


しばらくして、サヤは問題集の1ページを終わらせた。


疲れたのか一度、深呼吸して、答えあわせを俺に頼んできた。


俺は正解と不正解を赤ペンでチェックしながら、


当たり障りのないことを聞いてみた。


俺「サヤはなぜ家庭教師ではなく塾にこだわっているの?」


現在、ほとんどの生徒は家庭教師へと転換されている。


サヤ「・・・どうしてですか?」


俺「他のほとんどの生徒は家庭教師に転換されたんだろ?


サヤはそれを断ったみたいだからさ。」


サヤ「それは田岡先生のご意向ですよ。


田岡先生は車をお持ちじゃなかったんで、


私の家まで来ることが厳しかったんですよ。


ただそれだけです。」


俺「あっ・・・なるほど。」


俺はその後は特段私語をすることもなく


指導を推し進めた。


聞きたいことは相変わらず宙に浮いたままだ。


そのまま貴重な指導時間は、着々と過ぎていった。


サヤは相変わらず、俺とは目を合わせようとしない。


しかし、指導を聞く態度は真剣そのものだ。


その姿は、俺を先生として集中させるには十分なものであった。


結局、本当に聞きたいことは何も聞くことができず、その日の指導は、


非常に密度の濃い(私語が極端に少ない)まま終了した。


終了すると同時にそそくさとサヤは帰っていく。


まるで、俺との私的な会話を拒否するかのように。


俺は、過去に二人の間にあったことを鑑みれば、


それも仕様がないことであると理解した。


そして、そのまま俺も帰ろうとしていた。


俺「お疲れ様でした。」


しかし、その瞬間スタッフが俺を慌てたように引き止めた。


スタッフ「すいません。ちょっとお話が。」


俺「はい?」


スタッフ「実は、来月一杯で当塾は閉鎖することになりました!」


俺「・・・えっ!?」


スタッフ「だから、石野さんの指導は


来月までに家庭教師に転換するということで


よろしいでしょうか!?」


時は3月26日の金曜日。


翌週の金曜日は4月になる。


つまり、来月だ。


俺「ずいぶん急ですね。来月からと言っても、


来週からと言っているのと同じじゃないですか。」


スタッフ「今、本社の方から通達がきたので・・・」


俺「すごい会社ですね・・・」


皮肉交じりに俺は感想を言った。


スタッフ「すいません。


石野さんの家の方にも


これから連絡差し上げようと思っております。」


俺「そうですか。それでは、決まり次第またご連絡ください。」


スタッフ「はい。」


俺「それじゃ、失礼します。」


そう言って俺は帰途に着いた。


その後結局、サヤの家庭教師への転換は


最も早い来週からということになってしまった。




次回、遂にサヤの家へ!!
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