昨日のブログを受けて
子育てでは喝ができるけれど

友達や、受講生には
喝が出来ていないなぁ~~と
(ん?してる…笑。けっこう切り込んでるかな)

胸をズキズキさせながら振り返ってました

ひょっとして
子どもより第三者の方が

ズバリと愛のムチ
愛の喝をいれるのは
ヘビーかもしれませんね


せっかく創り上げてきた関係性が崩れる恐れがあったり
嫌われないように
いい人でいたい

あわよくば、自分の見方につけたい

有利に物事を運びたい

離れて欲しくない

などなど

エゴ心&下心満載で
本当に言う事が相手の成長になる事が
叱る事や、切り込む事と分かっていても

なかなか切り込んでいけないのが人の常


もっともらしい事を言ってるけど
心の内は
実は相手を責めていたり

理不尽さを感じながらも
言葉だけは門がたたないようにオブラートに包みすぎて
何が真実か分からない


だから
優しい言葉をかけてはみるけれど
相手はまったくそういう言葉には
響いてないのですね

それは
自分が自分に嘘をついているから

そして
本当に愛ゆえの喝をするのを怖がって
相手のご機嫌をとろうとしているだけだから

届く訳ないですよね…苦笑


相手が本当に成長して欲しい
自分がどう思われても
その人の事を本当に思っているなら

良い人という自分のペルソナ(仮面)は
脱ぎ捨てていく

その位の覚悟をして
大切な人とは
つきあっていく

それで相手が去っていっても
もしくは
どう思おうと

自分の原因が愛なら
時間というクッションを挟みながらも
結果、必ず愛は伝わる

私たちの中に潜んでいる
子ども心
王子様、お姫様という
『私さえよければいいんだ!』

というワガママ心や
赤ちゃん心は

成長をストップさせて
良い所だけを見て
自己満足を促します

愛する人
大切な人にこそ

成長をする機会を
渡し続けたい

そして共に真の成長をしていきたいな

と思います

お読み頂きありがとうございます