アルコール依存症の家族ブログ

アルコール依存症の家族ブログ

62歳の父はアルコール依存症。母は4年前に他界。3人きょうだいの末っ子の私は、結婚して離れて暮らしていても、アル症から逃れられない毎日。
一時期は飲みながらも、専門病院に通院してくれたけど、半年で挫折。

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結婚3年目にして、やっと授かった赤ちゃんが、流産してしまいました。

10月31日に心拍が確認されて、ウキウキでした。

ところが11月4日に茶褐色のおりものがあって、翌日に婦人科に受診したら、心拍が確認できない状態でした。
妊娠初期の出血はよくある事だし、念のために受診しただけなのに、ショックで方針状態…

その後、生理の終わりのような茶褐色の血の塊が出るようになり、11月7日朝には、鮮血が出るようになりました。
更に、生理痛のような下腹部痛がするようになりました。
そして、繋留流産の診断が…赤ちゃんの袋は潰れて変形した状態になっていました。

先生は、お母さんが薬を飲んでるだとか、体調とか関係なく、遺伝的なものだから仕方ない
と言っていました。

涙が止まらず、看護師から背中をさすられながら、病室を後にしました。

その夜は、今までに無いくらいの下腹部痛で歩けないほどで、流産して、更にこんの仕打ち…つらいつらいつらい…と歯を食いしばってました。

子宮内容除去手術と入院を本日11月8日にする予定でしたが、内診すると、赤ちゃんの袋は無くなっていたので、入院も手術も中止になりました。

言われてみれば、昨夜、トイレでどぼっと何か出て、うわぁっとか言った気がする。その後に腹痛が和らいだ。鎮痛剤が効いてきたのかと思ってたけど、あれが赤ちゃんだったんだね。

皮肉にも、昨日は3年目の結婚記念日だったのに、その日に流れちゃうなんて…

心拍確認後の流産は5%なのに、その中に自分が入るとは思わなかった。
母の病死や父のアルコール依存症で苦労してきて、父が断酒して落ち着いてきて、やっと自分の幸せをと思ったら、こんな結果になって…なんで?

なんでわたし?まだ苦労が足りませんでしたか?

とまぁ卑屈になって、やたら妊婦が目につくようになってしまった。

でも、死にたい死にたいって毎日思っていた過去の日々を思うと、
一瞬でも赤ちゃんと過ごせたこと、
また頑張ろうねと言ってくれるダンナ
心配してくれる断酒中の父、会社の上司
そんな人が居てくれる今は、幸せかもしれないです。

ということにします。わたし、前向きになったでしょ?
赤ちゃんのおかげです。ありがとう。
久しぶりの更新です。
父は断酒が続いています。
おかげでわたしも安定してきました。
再飲酒の不安は常に付きまとってきますが、そんな気持ちとうまく付き合って行くしかないなぁと思う今日この頃です。


今日27日は母の命日。
5年前、アルコールに溺れたままの父を残し、母は亡くなった。

一回忌は記憶があやふや。
年忌を取り仕切ったのはわたしだったけど、ひどく鬱状態だったと思う。
死にたいと毎日思ってた。

三回忌、姉も兄も手伝ってくれなかった事、父の面倒をわたしに押し付けた事を恨みながらの法要だった。
父の勤務日数が減って、酒の量が増えたことに苦しんだ。

3年目の命日は、わたしは結婚して家を出ていた。父は仕事を辞めて、飲酒しながらも専門病院に一緒に通院していた。
「命日だから、一杯飲みたいです」と父は医者に言っていて、わたしは泣いた。

4年目の命日は父はアルコール病棟に入院していた。
やっと排泄や整容がまともに出来るようになった頃だったと思う。

そして5年目の命日、断酒会に父と一緒に出席していた。
「酒ばかり飲んでた自分を、家内が許してくれるか分からない、恨んでいるかもしれない」
と父が初めてそんな事を言っていた。
母に対する負い目を初めて耳にした。


母は父の飲酒で苦労させられたと思う。
でも父を恨んでいるのかは分からない。
なぜなら、母と父の飲酒について話した事は無かったから。
アルコール依存症なんて知らなかったから。

ただ、母は父を大切に思っていた。これは絶対に真実。

わたしは、母が父を恨んでるなんて事は絶対に無いと思う。

父にはそんな事は言わないけどね。

これからの生き方で償ってね。





久しぶりにブログを書いてます。

父は退院してもうすぐ4ヶ月経つ。
たぶん断酒は続いている。
週1回の断酒会例会も一緒に出席している。

断酒しているお陰で、穏やかな生活になってきたし、頑張る父に感謝している。

今日も、地元の祭りでお神酒を勧められたけど断ったらしくて、えらいねって褒めてあげた。
正直、紙コップを見た瞬間、血の気が引いたけど、中身がお菓子だったから、ホッとした。


順調な感じにきているけど、わたしは父が飲酒する夢でうなされている。


寒くなってきて、父がヒーターをつけたようで、玄関に入った瞬間に灯油の臭いがして吐き気がした。
父が一番ひどい状態の時が冬だったから、その頃の気持ちがフラッシュバックしてくる。



断酒生活に自信を持ち始めた父は、自分が一生治らないアルコール依存症患者だという事を忘れそうになっている。
ようにわたしは感じる。

『一杯飲んだらどうなっちゃうかな?』

『飲んだら断酒会は来れないのかな?』

とか言ってるし。

飲んだら終わり。
正確には終わりではなく、再出発になるのだろうけど、
わたしの中では終わりっていう気持ちが強い。

終わりとはどうゆうことか、正直、よくわからないけど、わたしの均衡がバラバラに崩れ落ちる事は確かだろう。

退院したばかりの頃は、きっと飲んでしまうだろうけど、その時には、それが打ち明けられる関係を築いて行こう!そしてどうするか一緒に考えよう!と決心していた。

ところが今はどうだろうか。
父とは仲良くやっているけど、飲んだら終わりだと考えてしまっている。

自分の幸せを考えようと決心したのに、自分が楽しい事をしていると、父に対して罪悪感がある。

自分自身にも、父に対しても不安な気持ちが日に日に増してきている。

そしてまた、死にたいとか考えたり、うつ状態に陥っていく。

うつ状態の自分を責めてしまう。

薬を飲めば落ち着くから、薬を飲む。

薬が手放せないと、子どもを作ることも出来ないし、自分を責める。

悪循環にいま陥っているけど、それを打破できるのも自分だと分かっている。

自分自身に負けちゃだめだよね!