少し前に読んだ「悼む人」について書きたいと思います。
悼む人/天童 荒太
¥1,700
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「いたむ」という言葉から、一体どんなことを想像しますか。

多くの人に馴染みのないこの言葉。

この作品では、人の死を「悼む」ことを目的に、日本中を旅して廻る青年が、

彼の周りの人々に「生きるとは何か」「死ぬとは何か」と自問自答させ、

彼らの人生観に対し影響を与えていく様子を描いています。



 物語はその「悼む人」坂築静人の話を軸に、

彼と関わりがある複数の人物のストーリーが並行に進んでいきます。

それらのストーリーは一見一つひとつが独立しているように見えますが、

読みすすめていくうちに巧妙に交差していきます。

いずれのストーリーでも、静人が人の死を悼み続けることによって、

彼ら自身が変化していく様子が丁寧に描写されています。

人間に対し絶望感しか抱けないルポライター、末期癌を患いこれから来る死、

そして不可解な旅を続ける息子に対し苦悶する静人の母親、

最愛の夫を殺したことで愛が分からなくなってしまった女性・・・・・・。

読者は彼らが変わっていく様子を目の当たりにしながら、

自らも彼らが対峙する問いについて深く考えさせられるのです。



 この作品は深く考えさせられるだけではなく、

それぞれのストーリーが終盤にかけてひとつに繋がっていく過程で、

作品中にはられた伏線が一つひとつぴたりと型にはまっていき、

読者はまるで推理小説を読んでいるときのようなスリルも味わえます。

内容の濃密さとは裏腹に、軽快に読める点も非常に魅力です。



 物語中と同様、現実の世の中では連日悲しい事件、事故、

そしてそれらによってもたらされる人の死が報道されています。

しかし、静人の言うように、人知れずひっそりと亡くなっていく人の方が

圧倒的に多いのはもちろん、事件当時はどんなにセンセーショナルな人の死も、

やがて時が経つと共に風化し、過去の出来事となってしまう。

なぜ静人が悼み続けるのか、という答えはここにあります。

自分の生きる意味が見出せなくなってしまった人、愛とはなにかを考えたい人に読んで欲しいと思います。