ロンドンの芸術文化発信の地ともいえるサウスバンク・センター(SouthBank Centre)で4月5日から配信されるイベント’Kazuo & Naomi Ishiguro in Conversation’の視聴前に、この春出版されたそれぞれの本を読む。(カズオ・イシグロの’Klara and the Sun’は3月2日、ナオミ・イシグロの’Common Ground’は3月25日に出版される。)若干28才(1992年生まれ)のナオミ・イシグロの初の長編小説。去年出版された短編集 ’Escape Routes’に続く待望の長編。カズオ・イシグロのノーベル賞受賞後の小説出版と同時期の出版でイベントや雑誌新聞のインビューなど数々のプロモーション活動が行われている。
 

 Common Groundをカズオ・イシグロの作品のあとに続けて読むと、場面描写が長く感じられ、なかなかストーリーに入っていけなかった。Audibleに切り替え耳から聞くと、話のトーンが一変しラジオドラマが展開されているように冗長に感じた場面描写がいきなり色彩を得ることに驚く。朗読者の声の調子やアクセント、間のとりかたも申し分なく、どんどん話の中に引き込まれていった。家庭環境のことなる主人公の二人が2003年にティーンエイジで出会い、時を経て2012年に再会する。二人の友情が、間延びすることなく400ページの物語にまとまっていることに彼女の力量を感じる。

 

 第一部は、Stanの物語。父親をなくしたStanは看護師の母と暮らしているが、母も夫を病気で失った大きな喪失感をかかえながら一人息子のStanを立派に育てたいという気持ちと夜勤もある看護師という仕事での疲弊感の中で、思春期のStanとうまくかかわれないでいる。Stanが学校でいじめにあっていることに気づかず、トラベラーコミュニティーでキャラバン生活を送っているCharlieとの友人関係を認められない。奨学金をえて私立で学び、その後UCL(ロンドン大学)でジャーナリズムを専攻してCharlieと再会するStan。

 第二部はCharlieのその後が描かれている。学校に通わずトラベラーコミュニティで居住地を転々とかえながら若くしてKateと結婚するが、生計をたてることが困難で偏見や不当な労働環境で心がすさんでいるときにStanと再会。全く違う環境のふたりが、社会の不平等、格差、偏見という境界をこえて真の友情へとたどりつこうとする姿が描かれている。ティーンエイジのStanの目にうつるトラベラーコミュニティを丁寧に描写するこで、のちのCharlieとの再会時の状況に説得力が生まれている。UCLに通うStanの学生生活は今時の学生が等身大で反映されている。
 

 ナショナリストグループEngland’s Shieldとのクライマックスへのもっていき方に技量を感じるが、最後の’フットボールソング’での連帯感で「差別する側」をおいつめるというのはテイスト的に合う合わないがあるのではないだろうか。
 

 28才にして、運や恵まれた環境だけでは到底たどりつかないであろう長編作品を細かな取材と技量で書き上げたことは賞賛に値する。父親がノーベル賞作家という重圧感を感じない、彼女自身の文学を見せることができた作家としての第一弾。