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Remember the Blue ー光の青に還るー

心理学やスピリチュアルなどたくさんの分野から“生きやすさのための方法”や”なぜ生まれて、生きているのかという真理”を探求してきたました。エイブラハムの法則など宇宙の法則を実践しながら、リアルなプロセスと気づきをシェアしていきます。(^^)/

エイブラハムの引き寄せの法則を学んでいる方には、おなじみの「感情のスケールビックリマーク


全部で22の段階があり、最下位の22番目は「恐れ・鬱状態・無力感」。


そのひとつ上、21番目が「罪悪感」です。

 

つまり――波動の世界でいえば、ほぼ“どん底滝汗”。

 

罪悪感という感情を常に持ち続けていたら、ボルテックス(高い波動の領域)には到底入れません。

 

けれど私たち人間は、「生まれながらに罪を背負っている」と教えられてきました。
 

それを、聖書では原罪(げんざい)と呼びます。以下は、聖書の中に記されている一節です。

 

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エデンの園のエピソード(創世記3章)

アダムとエバは神に創られ、楽園で暮らしていた。
神からは「善悪の知識の木の実だけは食べてはいけない」と言われていた。
でも、蛇(象徴的には“誘惑”)の言葉に誘われて食べてしまった。その結果

 

「人間は、神との親しい関係が断たれ、

苦しみと死がこの世に入った」とされる。

 

この「神との分離」を、キリスト教神学では原罪と呼ぶようになった。

 

 

そのうえ、

 

イエス・キリストは私たち人間の罪を背負って十字架に・・・

 

新約聖書

「キリストは、罪を知らない方でしたが、
神は私たちのために、彼を罪とされました。
それは、私たちが彼にあって神の義となるためです。」

(コリント第二 5章21節)

 

 

「キリストは、私たちの罪をその身に負って十字架にかかり、
私たちが罪に死に、義によって生きるようにされたのです。」

(ペテロ第一 2章24節)

 

 

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私は、キリスト教のプロテスタント系の学校に通っていたので、
毎朝の礼拝では聖書を読み、授業にも「聖書研究」の時間がありました。

 

日々の中で、「私たちはいつも神に申し訳ないことをしている」
 

という感覚が、少しずつ心の中に根づいていきました。
気づけば、“人間は罪深い存在なのだ”という思いが、
当たり前のように私たちの意識に刻まれていたのです。。。。

 

どういうわけか、私は昔からイエス・キリストが大好きでした。

母親がクリスチャンだったので小さい時の教会の記憶が

あるからかもしれません。


聖書の中に描かれている、たらふくワインを飲んだり、大食いだと言われたり、
あの手この手でたとえ話を語って人々を導き、時折ポンコツな弟子たちに

イライラしたり……あえてロバに乗って入城したり…ときに怒って大暴れする――
そんなワイルドで人間味あふれるイエスが、私は好きなのです。

 

けれど同時に、そんなイエスの名のもとに、
「人間は罪深い存在だ」と罪の意識をもたせるようなキリスト教の教えには、
どうしても違和感がありました。

 


つづいちゃいます・・