うーたの火葬は。
支払い後に、そのおじさんが、炉の準備をするところから始まる。
炉の準備が出来たらお預かりしますので、それまではご家族と、うーたちゃんで最後のお別れをしてくださいと言われ。
火葬する為に入れてはいけないもの、入れても良い物の話をされて。
花や、ちゅーるの袋やおもちゃ、布などは。
少しなら良いけれど。
水分や色落ちなどがあるから。出来ればあまり多く入れないほうが綺麗にお骨が焼けること。
ちゅーるや餌などは、袋ごと入れるよりも、中身だけを紙などに包んであげたほうが良いことなどの説明を受けた。
私は、うーたの火葬を決めてからすぐに、その辺はネットでしっかりと調べていたから。
キッチンペーパーを持参していて。
おじさんが火葬の準備をしている間に、ちゅーるや餌をそれに包んだり。
花も、最小限だけ選んだりして。
おもちゃも、燃やせるおもちゃと燃やせないおもちゃの選別をした。
いつの間にか涙が出てしまっていて、静かに泣きながら支度した。
お義母さんは、何も言わずに、私の背中をポンポンして、さすってくれた。
私も無言で支度した。
そして、旦那とお義母さんは、うーたを撫でたり声をかけたりして、沢山お別れをしていた。
私は支度が終わってから、うーたを撫でたけど。
皆の前では声をかけなかった。
ただ、独り言のようにつぶやいたり。
旦那やお義母さんに話しかけたりした。
うーた、なんで死んじゃったんだろ…
まだ全然若いのに…
少し前まで、あんなに元気だったのに…
まだこんなに毛並みも体格も良いのに…
そんなような事をボソボソとつぶやいたと思う。
この頃の私は。
泣いてばかりいすぎたせいで、呼吸が苦しくて、声があまり出なくて。
ボソボソとつぶやくようにしか話せなかったのだった。
うーたとのお別れは、誰よりも沢山したはずだけど。
いざとなったら、いつになっても、お別れする気持ちにはなれなかった。
私達は皆して、うーたを囲んで、順番を譲り合ってはお別れした。
そうしているうちに。
炉の準備が整って、おじさんが近づいてきた。
おじさんは。私達のお別れの邪魔をしないように。
そっと近づいてきて、側に立ったから。
私から声をかけて、準備が整ったことを確認した。
うーたを炉に移動するのは。
抱っこして運ぶので良いとのことで。
最後の抱っこは、旦那がして。
私は、うーたと一緒に添えたい物を持って、うーたを運ぶ旦那に寄り添った。
炉の中にうーたをそっと寝かせて。
周りに花や餌などを添えると。
ここからは、うーたちゃんの火葬となりますので。
その前に最後のお別れをどうぞと、また言ってもらえて。
そこでもまた、私達は手短にお別れをした。
炉を押し入れる作業も、自分達で出来たけど。
私はどうしても出来なくて。
旦那とお義母さんが、炉を押し入れてくれた。
うーたの姿は見えなくなった。
でも、うーたが火葬される炉の周りは。
造花だけど、花や葉っぱなどで綺麗に飾られていて。
きちんと送り出す場所として、そぐわしい感じになっていた。
私はその間もずっと泣いていたから。
その後のことは少し記憶が曖昧だ。
前の子を亡くした時は。
火葬の立ち会いが出来るとこではなくて。
お願いした時がお別れで、お骨を入れられた状態で受け取ったから。
私は火葬の炉を見たのも初めてだったけど。
でも、うーたが火葬されているという事は分かった。
私達は側にいても良いし、車で様子を見ていても良いので、自由にうーたの火葬を見守ってくださいと言われて。
体が大きいから2時間から3時間近くかかると思いますと言われて。
暑いから自分達の車で待つことになった。
私達は、うーたとの思い出を色々と話していて。
私は全然涙が止まらず、ずっと泣いていた。
その間、おじさんは何度も、火の調節をしたり、うーたの様子を見たりしていて、外に出ていて。
車の中はきっと、凄く暑いだろうし、外も凄く暑かったしで。
おじさんは何度も、顔や体の汗を拭っていた。
それを見て私は気付いた。
おじさんや、お義母さんの飲み物を何も用意していないと。
普段なら、私も旦那もそういった気遣いをするのに、二人してそんな余裕が無くなっていた。
私が慌てて、それを買いに行こうとしたら旦那が。
俺が行くから、お前はうーたの側にいてあげな。
そう言って、飲み物を買いに出ていった。
私とお義母さんは二人きりになった。
その時に話したのは。
旦那との、うーたの事に関するすれ違いの詳しい話しや、動物病院の先生を最後まで信じられなかった話し。
うーたが不調になってからの色々な話し、私の、自分の親に対する気持ちなどを少し話して、聞いてもらっていた。
旦那は少し遠くまで歩いて買いに行ってたので。
15分位はいなかった気がする。
買ってきた飲み物を、おじさんに届けてくれて。
お義母さんにも飲み物を渡して。
私には、何故か飴をくれた。
戻ってきた旦那を交えて、また、うーたの話を沢山した。
窓から見えるおじさんは。
本当に汗だくで何度も何度も、うーたの様子を見ていて。
うーたは体が大きかったから、少し大変だったのかもしれないねと皆で話していた。
二時間少しくらい経った頃。
おじさんがこちらを見て、頭を下げたから。
私が車から降りると。
うーたちゃんの火葬が終わりましたと言われた。
私は、人間のお骨を見たことさえ無いから。
収骨をどうしたら良いのか分からなくて。
それを少し旦那とお義母さんに教わってから、皆して車を降りた。
炉は、うーたを寝かせた時と同じ位置に戻ってきていたけど。
そこには、お骨になったうーたがいた。
生前と同じような形で。
頭から足まで、骨が綺麗に並べられていて。
小さな祭壇と、骨壷と、お線香なども用意されていて。
写真立てに飾られたうーたの写真もあって。
それは、私と旦那が朝に選んだ写真の、顔部分を拡大した写真だった。
私達は、うーたの弔いのお線香をあげたりなどしてから、収骨を行った。
うーたの骨は。
綺麗にしっかりと残っていて。
でも、骨には茶色かったり黄色いとこが沢山あって。
それを見て、旦那とお義母さんは。
うーたは若いのに、こんなに骨に茶色いとこや黄色いとこがある。
もしかしたらやはり、不調を見せなかっただけで、見えないあちこちに転移してたのかな…
そんな話をしていて。
私はそういった噂を聞いた事はあるけど、実際に自分が見たのは初めてだったので。
そうなんだ…うーたは突然に不調になったわけでは無かったのか…
と、その時は思った。
その時は泣いていて良く見れなかったから。
うーたのお骨の写真を撮影したいと言うと。
撮りたいなら撮りなさいと、お義母さんが言ったから、私は、うーたのお骨の写真を一枚だけ撮った。
それから、黒い塊もちらほらとあった。
おじさんは。
若い子だったから、油が多かったようで。
黒いとこは油なのですが、骨はすごくしっかりしてますね。
大きい骨も全部綺麗に残っています。
うーたちゃんはご病気だったのですか?
と聞かれたので。
私が、うーたの事を説明すると。
おじさんは、しばらく話を聞いてくれて。
体も顔も、とても綺麗な子でしたね。可愛がられてたのですね。
と言ってくれて。
皆さんで収骨して、うーたちゃんを骨壷に入れてあげてくださいと言った。
私は旦那と、いくつかうーたのお骨を拾ったけど。
上手くできなくて怖くて、お義母さんに変わってもらった。
その様子を見ている間におじさんは。
私と少し何かの話をしたけど。
何を話したかは覚えてなくて。
でも、何かホッとするような話をしてくれた。
大きなお骨をある程度拾った頃に。
旦那とお義母さんがおじさんに目線を送ると。
おじさんは、これで後は大丈夫ですか?
と確認してくれ。
大丈夫と答えると、小さなほうきとちりとりで、残った細かいお骨を拾って、骨壷に入れてくれた。
黒く残った油のとこをどうするか聞かれたので。
私と旦那は即答で。
それも入れてあげてくださいと、お願いして。
うーたの大きかった体は。
小さな骨壷に収まった。
その後で。
おじさんは、骨壷を入れる袋をいくつか持ってきてくれて。
どれが良いか選んで下さいと言って選ばせてくれた。
そんなサービスがあるとは、ホームページには載ってなかったのに。
それに、うーたの写真も写真立てのまま、私達に渡してくれた。
それも、そんなサービスがあるとは、ホームページには載ってなかった。
更に。
綺麗にラッピングされた、小さな花束の生花のブーケも渡してくれた。
うーたに似合う、黄色い花が入った可愛いブーケだった。
これも、そんなサービスがあるとは、一言もホームページには載ってなかった。
そして、おじさんは。
私は片付けがあるので、まだ時間がかかるのでもう少しこちらにいますが。
皆さんは、うーたちゃんを連れて帰ってあげて、お水を沢山交換してあげてください。
今日は熱い思いをしたので、1日中、お水を沢山あげてくださいね。
と教えてくれた。
そして。
うーたちゃんのご冥福をお祈りしますと言ってくれて。
私達は、おじさんとお別れした。
私は、このおじさんがお別れの手伝いをしてくれて本当に良かったと心から思った。
まだ熱が残り温かい、うーたの骨壷を大切に抱きかかえて助手席に座った。
その暖かさは。
うーたが発する暖かさなんだと思うと。
骨壷さえも愛しかった。
そして、家に到着してすぐに。
うーたを寝かせていた祭壇を。
旦那と二人で、別の形に作り変えて。
うーたの骨壷や写真や花を飾った。
うーたの体は消えてしまったけど。
お骨がそこにある事によって。
うーたはまだ側にいる。
そう思えて。
私は、まだお別れじゃないと思えたから。
心が少し落ち着いたけど。
それまで何度も触れた、うーたの柔らかい毛並み、可愛い姿がそこに無いことは、とても寂しかった。
でも。
私達が選んだ、うーたの写真を貰えた事によって。
いつでも、うーたの可愛い顔が見れるし。
その写真は、拡大したからなのか?良く見ると、とても不思議な写真で。
どの角度からその写真を見ても、うーたと目が合うという写真で。
モナリザの微笑みのような写真となっていて。
角度によって、うーたの表情が変わって。
怒っているようにも、じっとこちらを見て甘えているようにも、普通の顔のようにも見えて。
本当に凄く不思議な写真で、写真を見るのが楽しみになるような写真だった。
うーたが亡くなったあとすぐに、うーたの写真を飾る用意をするというのは。
火葬の日の私には、全くそんな心の余裕がなくて、とても用意できなかったと思うから。
火葬の時に渡してくれるというのは、とても助かるサービスだなと思った。
うーたの祭壇に写真がある事によって。
骨壷を見る悲しみよりも。
うーたの可愛い顔を見れる喜びの方が大きくて。
可愛い子を無くして、火葬したばかりの時には。
携帯の中のデータだけでなくて。
写真がそこにあるだけで、気持ちがすごく変わると思う。
その日は私達は本当に沢山沢山、うーたの水の交換をして過ごして。
私は仕事に行かなければいけなくて。
その間は旦那が、うーたの水の交換をしてくれて。
私が帰宅してからは、一晩中、水の交換したり、うーたの写真に話しかけたりして…その日もほとんど寝ずに過ごした。
うーたの体とのお別れは。
どんな形でしたとしても、寂しい、悲しい事に変わりはないけど。
皆でうーたの話を沢山して過ごして。
おじさんにホッとさせてもらえて、うーたを、とても大事に扱ってもらえて。
私の納得が行く形で出来たと思う。
その日の仕事は凄く辛くて。
小さな子供を見るのも、ペットの餌のコーナーを見るのも辛かったけど。
それでも、私の中で。
一つの区切りがついたのは確かだった。