「魂のストーリー」を生きる。
「魂のストーリー」は、他者には読めない。そして、思考にも読めない。
私の物語を伝えてくる"魂"は、私の内側に育つ「意識の視点」にしかないから。
そのストーリーの佳境、とある章で、挫折を体験したり、感情の嵐を体験するお話がやってきたとする。
そんな状態になっている私を見て他人は、そんなやり方じゃダメだ、こうしないから失敗したんだ、もっとこういうことを大事にしなきゃダメだ。そうアドバイスをしてくれたりする。
もしくは、自分自身で、あぁこんな自分じゃダメだったんだ。信じてきたけどこんなふうになるなら私は間違っていたんだ。まだ見えていないもっと大切なことに気づかなきゃいけないのかもしれない。
そんなふうに思ったりする。
でも、ちょっと待って。
その物語は、誰の、何の視点で語ったストーリー?
それは、「あなたの魂の物語」でしょうか?
それは
魂ではなく、思考で描いた物語?
魂ではなく、他人の視点や社会の視点から描いた物語だったりしない?
もしかすると、魂の物語の視点でみれば、あなたの物語はそんなストーリーじゃないかもしれない。
魂の描くストーリーって、私は全てが完璧に寸分違わず目の前に現れてくるものだと感じる。
「あるがまま」それが全てでそれが完璧。という世界線。
だから、思いがけないことが起こったり、思うようにコントロール出来なかったり、理不尽だったり理解不能なことがあっても、
これは魂のストーリー上、必要なプロセスなのか。と、あるがままを受け入れる。
それは、他者が自分の物語を差し込んで書き換えようとすることさえも、全てを含めた複数の物語をも全てのことが構成要素である世界。
そのような視点で全てを「観ている」と、不思議なことに一筋の物語が浮かび上がってくる。あぁ、私の魂はこれを経験したかったのだな。それは、実は次にこういう物語の展開を迎えるための伏線だったんだ...!マジか〜..
極上のアニメや映画を観るように、自分の「魂の物語」を自らが主人公でいながらも、鑑賞者でもいるような、二重の人生の楽しみ方ができるようになる。
魂の物語は、他人から見た視点や社会の常識に照らし合わせた思考的な視点で物語を上書きしていては、観えてくることはない。
魂の物語を生きる上で必要なのは、自分と魂の一致を信じきることと、この世界そのものの理をありのまま観て信じること。
魂以外の誰かや何かにストーリーテラーを明け渡さないこと。
でも、もちろん、預けても良い。
どんな物語を選ぶのかは自由であり、他者や思考の描くストーリーに自分を開け渡して委ねるのもまた一つの私の物語。
そういう世界の主人公であることは、とてもエキサイティング。
こんなことが起こった!こうしてみよう!
こんな世界はもっとこうなっていくべきだ!みんなでこういうことをやってみないか!?
なんでこんなことが起こるんだ!こんな世界は間違っている!
出来事や世界観や感情や世界の構造の中で、華麗に立ち回り、時に失敗し間違いを犯し、修正しながら喜びや成功を求めて物語を冒険する。
理不尽に立ち向かい、ヒーローになったり、ヒロインになったり、様々な立ち位置を楽しむことができる。
誰になるかも、どんな舞台設定を選ぶかも自由に、望む「私のストーリー」を生きることができる。
それが人生の彩りだ。
そんな自作自演の人生を楽しむのも、この地球で人間を生きている醍醐味だ。
「魂のストーリー」は、そんな、ひとつひとつの「私の物語」をまるごと全て包み込む。
私の物語は、その舞台設定の中で感じる感情や欲望が動力となる。
だからこそ激しい浮き沈みを体験でき、彩りが華やかになる人生を送れる。
が、魂のストーリー視点になると、私の物語を生きる人生の「動力源」まで観ることができ、気づけるようになる。
あぁ、この主人公、こんな体験をしてきたからこんな思考になるしこんな感情になるんだな。でもこの修行によって、またはこのサブキャラクターによって新たな視点の気づきを得たから、もうひとまわり大きな器になれた。もっと大きなことを成し遂げる主人公になるぞ!
そんなふうに。
主人公であるときは、目の前の出来事や世界観という舞台設定に翻弄されるが、
鑑賞者であるときは、物語の全体を「時間軸を超えて」見れるようになる。1シーンだけでなく、物語の全体の構成、果ては作り手の視点をも見渡せるようになるということだ。
そうなれば、ひとつの「私の物語」を終わらせて、次の「私の物語」というスピンオフを始めることも可能になる。
世界を救う勇者の物語を終えて、各地のグルメを楽しむ余暇の勇者の物語を始めてもいいわけだ。
人気アニメは、集合無意識の具現化と私は捉えているのだけど、
勇者ヒンメルとの旅を終えたフリーレンの物語が世に出てきたように、私たちの今は「次の物語」を楽しむことができる時代になっているということだ。
SNSで、様々な人の人生ストーリーを見れるようになったのも同じ。世界は彩りに溢れている。
それをただ見ているだけで良い?
どの異世界に転生したいか、選ぶこともできる。
どんな自分で、どんな新しい物語を生きるのか。
生きながらにして、生まれ変わりの人生を、始めることができるということだ。
新しい物語に飛び込むには、少し勇気がいる。
前の世界に別れを告げる必要もある。
でも、なくなるわけじゃない。
思い出と共に、2周目の人生を始めるということ。
魂が解放される「本当の自由」の時代がやってきている。
あなたの目の前に広がっている「制限の世界」を、超えて次に行きたい?
あなたは、ここから、どんな魂のストーリーを描き、生きたいですか?
扉はすでに、開かれている。