ちゃぁ -3ページ目

ちゃぁ

元中国駐在 初老男の綴り方

 又、商社の車に乗せてもらい、着いたところは北京南駅。当時はそれほど大きな駅でもなく外観もほどんど記憶にありません。

 

 ただ、北京に着いてからずっと気になっていたのですが、大きなタンポポの綿毛のようなものが飛びまくり、隅のほうに積もっていたことを記憶しています。

 後々、柳の種で、柳絮(りゅうじょ)と呼ばれるものと教えてもらいました。

 

 

 ドライバーの方が先導をしてくれて、駅の中へと進むと、薄暗く、ダダ広いところに出ました。

それはそれは、多くの人たちが、たむろし、腰かけ、まるで喧嘩でもしているように会話をし、あるものは横になっていました。

 

 ドライバーさんはその中を躊躇することもなくどんどんと進んでいくので、私と山田さんは付いていくので必死です。何とかホームに着くと、乗車券とパスポートを見せてようやく予定していた夜行列車に乗ることができました。

 

 列車は待合室同様たくさんの人が乗り込みましたが、私達の車両はいわゆる一等車両で、座席は二段ベット2列のコンパ―メント。少々古ぼけてはいましたが、そこそこ清潔で、同室の中国の方もこきっちりした格好で、一安心。

 

 私はこの時、これから”自分に訪れる試練”を知る由もありませんでした。

 

 山田さんは駐在員歴4年以上で、中国語も結構しゃべれ、これまでなんども同じルートで行ったり来たりしておりなれたものです。同室の方と中国語で会話をしたり、私に中国語の1~10を指でどう表すのかを教えてくれたりし、過ごしていると先輩駐在員さんが突然私に言いました。

 

 「ちょっと、車内偵察でも行きますか!」

 

 連れていかれたのは、隣にある食堂車。

バイキング形式で、大きな薄ぼやけた銀色の容器が並べられ、それぞれ鶏肉と野菜の炒め物や魚のから揚げ、豚肉の角煮、豆腐を乾燥させ細く切ったもの、ピーナッツなどなどがありました。

 

山田さんは、数時間前に食事をしたにも関わらず、次々とお皿に取り分け、”これはお前が持って”とか”お茶はあそこにあるから取ってきて”と指図を出します。勘定を済ませ、空いていた席に腰かけると、

 

「結構おいしんだよ!」

 

といってさっさと食べ始めました。

 

八角やクミンなどの香辛料がたくさん使われており、独特な香りが漂っていました。私はさほどお腹は空いていないものの、つられて口に運ぶと、冷めていましたがそこそこの味。

 

「はい、おいしっすね!」

 

赴任前に、”中国ではまず、食生活で苦労するぞ”と脅かされていましたが、これならやっていけそうだと思いました。

 

 翌朝4時過ぎに起きました。

 前日は一日動き回り、シャワー一つ浴びていなかったので、頭と背中をボリボリと書きながら、荷物をまとめて到着を待ちました。

 

 

                                                       つづく

 

                                                    ちゃぁ


いよいよ中国での新たな挑戦のスタートです!

 

中国どころか海外旅行さえ、一度も行ったことがなかったのでとてもワクワクしたものでした。

空港には家族と幾人かの同僚や友人たちが見送りに来てくれました。

ワイワイと雑談をしていると、アッという間に時間が経ち、いよいよフライトです。行先は一路北京へ。

 

私の赴任する先は日本からの直通便がなかったので、まず北京に行き、国内便は嘘か誠かパイロットが空軍出身の方が多く、急上昇、急下降、急旋回が当たり前で大変危険なので社内の決め事として、中国国内の移動は搭乗禁止になっていたため、北京からは夜行列車で向かうことになっていました。

 

「まもなく北京に到着します。」

機内アナウンスが流れ、窓から下を眺めると、全体的に茶色かかったことが印象的でした。 

 

 

 到着すると、初めてのイミグレーションには少し緊張しましたが、無事通過。到着ロビーで多くの出迎えが待ち構えている中から、事前に写真を見せてもらっていた先輩駐在員の山田さんを見つけ、挨拶もそこそこに、商社の方に手配頂いた車に乗せてもらいました。                                                      

 

 

 初めて見るいろいろな景色~ビルの高さ多さ、自転車の量、ベンツとロバ車が並行して走っている道路、我先に割り込む車、車、車~に圧倒されながら、ついた先は馬鹿でかいビル、長富宮飯店。

そこで商社の日本人駐在員の方と食事をし、当時、出発駅でしか買うことができなかった夜行列車のチケットを受け取り、お礼のあいさつを済ませ、夜景を眺めながら北京駅に向かうことにしました。

 

 

                                                       つづく

 

                                                    ちゃぁ

  「実はね、今度中国に合弁会社を作ることになってね。本社が、その立上げで事務方を探していて。。。それで、キミの名前が上がったんだ。どうかな?」

 

 中国では鄧小平が進めた改革開放路線が定着し、各地で海外資本に向けて、経済特区などの優遇政策が採られるようになってきていました。

会社も、今ある拠点を更に拡大する検討を進め、新たにもう一つ別の会社を設立することにしたので、そこに行ってほしいということでした。

 

 「はい!ぜひ、行かせて下さい!」

 

 「まあまあ、そんなに慌てないで、もう少し先の話だし。家族ともよく相談してきなさい。」

 

 当時、私は勤めている事業所の社宅に妻と二人の小さな子供たちと住んでいました。

 

  ”中国に赴任することになりそうだということ”

  ”そこは地方都市で日本語も通じないし、日本人学校もないため一人で行くことになること”

  ”そこの駐在員は現在3人いて、最終的には全部で6人ぐらいになること”

  ”三人は今いる社宅にいること”

  ”給料は日本国内でも支給されること”

 

などなどを話しました。

妻は少し心配そうな顔をしていましたが、なんとか承諾してもらいました。

 

 まもなく正式な辞令が出ると、急に忙しくなってきました。

  

  ・就業ビザ(当時はZビザ)の取得

  ・そのための大学卒業証明の発行依頼、健康診断

   (当時中国赴任では予防接種は必須ではありませんでした)

  ・引継資料の作成

  ・職場、テニス仲間やそのほかいくつかの送別会

  ・本社人事担当による海外赴任心得

  ・新会社立上げスタッフとの打ち合わせ

  ・現地との赴任スケジュール調整などなど

 

 2カ月度の期間でしたがあっという間に過ぎていきました。

 

 さてと、いよいよ中国での新たな挑戦のスタートです!

 

 

                                                       つづく

 

                                                    ちゃぁ

 30代半ば、私は4か所目の勤務地で3年が過ぎようとしていました。当時、バブルの名残もあってか、職場は人手や仕事内容にも比較的余裕があり、終業後は毎日テニスなどをして、ある意味楽な、しかし一方ではつまらない日々を過ごしており、”なにか面白いことないかな”と漠然と思っていました。。

 

 そんなある日、仕事中に勤務先のトップが自室から薄くなりかけた白髪頭をひょっこりと出して、その身体つきには似つかわしくない高い声で

 

「ちょっといいかな。。。」

 

と私に声を掛けてきました。

 

 めったにないことでしたし、なんだろうと思いながら、部屋に入ると、

 

「ま、そこに座って。」

 

と来客用にセットされたソファーに座るように促されました。

 

「どう?最近体の具合は?」

 

 その半年ほど前、真夜中に左足首に激痛が走り、真冬だというのに痛みで脂汗が止まらなくなりました。朝まで我慢が出来ず救急車を呼び、病院に運ばれました。

数日前にスキーで足を捻っていたので、それが悪化したと思っていたのですが。。。

 

医師から告げられたのは”痛風”

 

それから何回か通院治療を経て痛みはなくなったのですが、薬は続けていました。

 

「はい、今でも薬は飲んでいますけど、痛みはまったくありませんし、仕事もテニスも元気に出来ていますし、大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません。」

 

「そうか。それならよかったね。     実はね。。。。。」

 

                                                       つづく

 

                                                    ちゃぁ

 こんいちは!はじめまして。”ちゃぁ”と申します。

 

去年までは会社員をしておりましたが、無事⁇に定年を向かえ、ここ1年間ほどはコロナの影響もあって、隠遁生活を送って参りました。

 

 今後、浮世に戻り、いろいろとやっていきたいと思っておりますが、その一つとしてこの場をお借りして、”他愛のないこと”を綴らさせて頂こうと思います。

 

お時間の許される方、少しでも興味のございます方がいらっしゃいましたら、お付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。

 

 

 先ずは自己紹介をさせて頂きます。

 

 生まれは東京で大学卒業までを過ごし、会社に入ってからは海外(中国だけですが。。。)2度、計6年を含みまして、平均3年/一か所、通算13回の転勤をしてまいりました。

 

 その間、新たな土地に住み、多くの景色を眺め、数々のおいしい食べ物を頂き、とりわけたくさんの人との”出会い”がありました。

 

 それら社会人時代はもちろん、幼少期~学生時代、今後のこと、はたまた只々思うこと感じたこと等々、したためさせて頂きます。

 

 

見てやってください、ごくごく普通の初老男のちょっと楽しくも、そして時には寂しい綴り方を。。。

 

 

                                                           ちゃぁ