又、商社の車に乗せてもらい、着いたところは北京南駅。当時はそれほど大きな駅でもなく外観もほどんど記憶にありません。
ただ、北京に着いてからずっと気になっていたのですが、大きなタンポポの綿毛のようなものが飛びまくり、隅のほうに積もっていたことを記憶しています。
後々、柳の種で、柳絮(りゅうじょ)と呼ばれるものと教えてもらいました。
ドライバーの方が先導をしてくれて、駅の中へと進むと、薄暗く、ダダ広いところに出ました。
それはそれは、多くの人たちが、たむろし、腰かけ、まるで喧嘩でもしているように会話をし、あるものは横になっていました。
ドライバーさんはその中を躊躇することもなくどんどんと進んでいくので、私と山田さんは付いていくので必死です。何とかホームに着くと、乗車券とパスポートを見せてようやく予定していた夜行列車に乗ることができました。
列車は待合室同様たくさんの人が乗り込みましたが、私達の車両はいわゆる一等車両で、座席は二段ベット2列のコンパ―メント。少々古ぼけてはいましたが、そこそこ清潔で、同室の中国の方もこきっちりした格好で、一安心。
私はこの時、これから”自分に訪れる試練”を知る由もありませんでした。
山田さんは駐在員歴4年以上で、中国語も結構しゃべれ、これまでなんども同じルートで行ったり来たりしておりなれたものです。同室の方と中国語で会話をしたり、私に中国語の1~10を指でどう表すのかを教えてくれたりし、過ごしていると先輩駐在員さんが突然私に言いました。
「ちょっと、車内偵察でも行きますか!」
連れていかれたのは、隣にある食堂車。
バイキング形式で、大きな薄ぼやけた銀色の容器が並べられ、それぞれ鶏肉と野菜の炒め物や魚のから揚げ、豚肉の角煮、豆腐を乾燥させ細く切ったもの、ピーナッツなどなどがありました。
山田さんは、数時間前に食事をしたにも関わらず、次々とお皿に取り分け、”これはお前が持って”とか”お茶はあそこにあるから取ってきて”と指図を出します。勘定を済ませ、空いていた席に腰かけると、
「結構おいしんだよ!」
といってさっさと食べ始めました。
八角やクミンなどの香辛料がたくさん使われており、独特な香りが漂っていました。私はさほどお腹は空いていないものの、つられて口に運ぶと、冷めていましたがそこそこの味。
「はい、おいしっすね!」
赴任前に、”中国ではまず、食生活で苦労するぞ”と脅かされていましたが、これならやっていけそうだと思いました。
翌朝4時過ぎに起きました。
前日は一日動き回り、シャワー一つ浴びていなかったので、頭と背中をボリボリと書きながら、荷物をまとめて到着を待ちました。
つづく
ちゃぁ

