便利さと考えた方 | 大出ファーム ココペリカレー チェ

大出ファーム ココペリカレー チェ

広島で農家と大阪でカレー屋さん。色々と楽しくやっています。LOVE & PEACEな精神…。

{E1F8718B-57B0-4B1E-AC33-4EDB843CD507:01}

最近 自分と周りの方々との縁を強く感じます。Facebookだけの知り合いの方、昔からの友人、ココペリカレーや大出ファームを通して、Facebookだけの知り合いから、実際に 交流を深められた友人。沢山の化学反応がソーシャルネットワークサービス=SNSによって拡がっている。『人間は“共通の何か?”があると、アレヨアレヨと繋がる生き物』なのである。不思議なモノです。

小生がFacebookに出会ったのが、2013年の11月ごろだったと思います。FBを始めたキッカケは、ガラケーからスマホに替えた瞬間である。

スマホを持たなかった理由が「スマホは便利すぎて持つのが怖かった」ってのが、正直な所である。しかし、住めば都?みたいな感じで、スマホを持ったら、スマホの良さと便利さに完全なノックアウトされてしまった。

悔しいが、多分 もうスマホの無い生活には戻れないと思っている。

『元には戻れない』これが 便利さの怖さでもあるでしょう。しかし、ガラケーからスマホへのチェンジは、小生の人生にとって より良い選択であったとも思う。と同時に、少しFBなどに少し飽き始めているのも、本音でもある。

小生はお節介な人間である。

例えるならば、半身浴して気持ち良く湯船に浸かっている人間に「肩まで浸かるともっと気持ちがいいよ!」と 肩を押して湯船に深く沈めようとしている人間かもしれない◎

小生の人生を変えた言葉がある。

A.『食』とは『人』を『良く』すると書く。

この言葉を知ってから、生き方や考え方が、ガラリと変わってしまった。

この喜びを皆様に共感して頂きたいと、沢山の本を読んでは、記事を書いて、SNSで楽しくやらせて貰っています。

自分の見たモノ、感じたモノ、幸せに出来ると思ったこと、トキメキを、Facebookでも何でもいい。兎に角 出会った人や交わった人に共感して欲しくて、自分の世界に触れて欲しかったのだ。まるで、初めて 自慰行為を覚えたサルのようにシコシコと(笑)

実際に『大出ファームの八朔と清美を200組以上の方々に FBで注文して頂き、その内の11組の方が、花粉症が治ったり、軽減した』とお客様から教えて貰った。昔ながらのモノは、どうやら 自然のお薬みたいです。

そして、沢山の人が大出ファームの柑橘の記事をFBにアップしてくれた。気付いた記事は小生がシェアさせて貰ったり、、

自分が相手を幸せにしたくて始めたコトが、蓋を開けてみれば、小生が注文頂いたお客様に幸せを貰っていた。ミイラ取りがミイラになった気分である。少しニュアンスが違うかな◎ 人はいつでも無意識に支え合っているのだ。SNSのお陰で、愛が巡る素晴らしさを実感した。

さて、人間はいつの時代も共感できる場所を求めている。今 世界中でイスラム教徒が増えているのも、時代の答えだと思う。

イスラム教徒はメッカに向かって、決められた回数、頭を下げたらいいのです。石像や十字架や仏様すらいらない。イスラム教は、お金のほとんどかからない高尚な宗教である。イスラム教徒が増えているということは、貧しい人も増えているコトかもしれない。どうでもいい豆知識である。

世界中には『宗教上の理由で、お肉を食べれない人がいっぱいいる』のである。

ココペリカレーで、野菜カレーを出している理由でもある。「動物性の油を一切 使わないカレーが食べたい人も世界中には沢山いるよね。よし!作ってしまえ」

無いのなら
作ってしまえ
ホトトギス

マクロビオティックやビーガンという単語を知らない人も思っている以上に多かったりする。日本人に菜食主義者が少ないので、仕方ないのだが、、

『知ってから選ぶこと』と『知らずに選ぶこと』は、次元が全く違うと思う。

もちろん、本能で動いた方が素晴らしい時もあるので、何とも言い難いのですが、、

社会とは 色んな人がいて、色んな思考が渦巻いている。その渦巻いたモノ(カオス)の中に、人は『自分にとっての正しい選択をチョイス』をしている。

その自分にとって正しい選択っていうのが、なかなか厄介だし難しいのだな。

世界には沢山の見方の正義があるからだ。その正義の見方によっては、争いの火種にもなったりする。

それが人間だし、ナショナリズムだし、集団の怖さでもあり、強さでもある。別に否定する気はさらさらない。

宗教観、世界観、価値観、教育観、世代観、時代観、あらゆるものが絡まり連なり形成したモノが人格だからだ。

簡単である。人間は本来、ひとりひとりが個性的で、ハチャメチャでデタラメなのである。それが面白かったり、また 怖さだったりするのです。

そのハチャメチャをコントロールするのが、教育でもあったりね。

そんなハチャメチャを上手くバランス取ったり、調和が生まれたり、崩れたり、自由がはためていたり、狂気を孕んでいたり、、

また、生きることだけを見ればシンプルなハズなのに、考えたり、嫉妬したり、こだわることで、居心地が悪くなったり、、

その居心地が悪い理由が分かった時に、何とも言えない幸福感が溢れ出たり、、

瞬間瞬間を描写すれば、醜くて汚くても、その先の美しさは、行かないと分からないのである。それこそが?

A. 人生の一番の楽しみなのです。

だから、怖いのである。分からないは恐怖そのものであるからだ。それが楽しいのにね。

小生がスマホを初めて持った時の直感や、便利さへの危惧は、今や遥か遠くへと置き忘れてしまった。忘却してしまった。そして、依存へと変わってしまった。

「人生は面白いな、全然 コントロールできないわ、、」

小生はお節介な人間である。

人によって、マクドやコンビニ弁当を食べても、ピンピン元気で何でもない人もいれば、添加物や保存料が原因で、顔や身体が痒くなって、血が吹き出すまで、掻き毟る人がいる。

小生はそんな後者の人に、少し手を差し伸べたい。

「なぜ こんなにも辛いのか?」 理由が分からずに悩み、もがき苦しんでいる人がいる。

例えば、水道水が合わなくて、困っている人だっているだろう。スーパーの野菜が合わなくて、困っている人だっているだろう。

「なんで都会って、心が休まらないのだろう?」と苦しんでいる人もいるだろう。

沢山の苦しみにヒントを与えたい。

けど、同時に小生の書いてる文章を疑って頂きたい。これは小生にとっての正しいだからです。

もちろん、信じて頂きたい。信じて貰える様に言葉や言い回しを小生なりに選んでいます。ただ、選ぶのは他人ではなく、自分である。

一番 大切なのは『自分がどうか?』なのです。『自分の身体で体感して、心がどうなのか?』なのです。

例えば、お医者様が言っているコトが全て正しい。のではなく『自分の体感によって、道を切り拓く選択肢もあり』ってことです。

人の意見を聴くのも大切です。人に流されるのも大切です。分からないことも大切です。しかし、現段階で分からないからこそ、そこから 自身で学び知ることは、もっと大切だと思うワケです。

心とは自由であり、常々 動くモノです。一番 大事なことだって、時に変わることもあります。人間が生きているのだから、心だって生きているのです。

そんな心の問題に、フワフワとヒントを与えれたら、幸せだと思う。

小生なら、文字かもしれないし、カレーかもしれないし、柑橘かもしれないな。もっと 色んな体感を与えれる人間でありたい。

いずれにせよ、アナログなやり方を伝えるだろう。

人間(心)がアナログだからです。

シェアご自由に◎

チェ