自虐の話の続き。


前回の話のまとめ→基本的に自虐はめっちゃ嫌われるし、みんな直そうとはするんだけど、理由がなかなか深く複雑で一筋縄にはいかない。で、自虐を減らすには「自分の感情を認めて自分自身で抱きしめること」が大事。



で、「自分で自分を抱きしめる」などと聞くとACは態度には出さないまでもウゲッとなってしまう。自分で自分を認めることはなんだか癪に触る。もっと言えばどんな理由をこじつけてでもやりたくないのである。

ACは不自然な程早い段階で親から無理矢理自立させられた人、である。言い換えれば自力させられて親から心理的に依存されている。人によっては経済的に搾取されてたりもする。ではなぜ子はこのような暴虐を甘んじて受けるかというと「生きていていい権利」が餌になっているからである。この権利を貰うためだけに親の歓心を買うため頑張り続けた。恐怖で支配され、自分の意に添わぬ努力をさせられた怒りはACの心の奥底に溜まりきっていて、それが自己否定のエネルギーになり続けている。怒りがあるから自分のことを愛せない(愛するということは丸ごと受容することであり、美点だけを褒めそやすこととは異なる)。そして認めたくはないだろうが、ACは怒りを使って未だに親の愛を求めてやまないのである。

ACは場合によっては酷く子供っぽい言動、行動をするが本人は決してそれを良しとしているわけではない。本人は大抵もっと大人にならねばと考えている。何故そう考えるかといえば、幼少期親がその人にそう要求したからである。この要求は無茶苦茶なものだ。

この「ありのままの自分にOKを出せない」のがACの苦しみの根ではなかろうか。一時期「ありのままでいいんだから私を認めろよ」系の人が大量発生し(て顰蹙を買っ)たが、人は不完全だから嫌われるのではなく不完全な自己を恥じ隠して、あるいはルールを捻じ曲げて完璧にしようという態度で嫌われるのである。ありのままの自分にOKを出す、という作業は一人で完結させるものだ。


話を自虐に戻すが、ACは子供の頃の親との関わりで怒りを溜め込む→怒りがあるから自分に寄り添えない→自虐その他のコントロールで他人に自分の心の面倒を見てもらおうとする→面倒がられて人が離れる→更に怒りを溜め込む、のループになっている。

ここから脱却するには怒りと自己否定を少しずつでもいいから減らさなければならない。母親と全力でぶつかれたのならこの怒りは終わる。が、よく母親はラスボスと言われるように下準備無しで挑めば確実に返り討ちだろう。


とにかく我々ACは自己否定を減らし自己肯定を増やしていき、心の体力をつけなければならない。そのためにはまず自虐はやめようという話である。




はい、ここまでお疲れ様でした。読んでくださりありがとうございました。すげー偉そうに書いてしまったのですが、私自身がここでもがいているナウなんで、生暖かく読んでくれると嬉しいです。