cheeseです💕

 

 

 

・・・ということで

沖縄にやってきました☺️

 

 

 

大田昌秀さんの書籍に

「梅雨時期の沖縄には干し葡萄大の雨が降る」

とありました。

 

 

沖縄戦の後半は梅雨時期にあたっており

どんな感じの雨なのか

どんな気温なのか

cheeseも体験したくなったんですよね。

 

 

 

福岡をでるときは快晴だったのですが

那覇空港に到着すると大雨☔️

(⬆️想定内)

 

 

 

レンタカーをかりて南部に向かいます。

 

 

 

まず立ち寄ったのは

糸満にあります

バックナー中将戦死乃跡

ここには、沖縄戦において連合軍最高指揮官たる中将として従軍・戦死された

サイモン・B・バックナー・ジュニアとイーズリー准将の碑がたってます。

お二人とも、この地でいのちをおとされました。

 

 

ウィキペディアには亡くなる直前の

バックナー中将のお写真が掲載されてます⬇️

 

 

バックナー中将戦死之跡

 

イーズリー准将戦死之跡

 

1945年6月10日。

バックナー中将は牛島司令官あてに8ヶ条からなる

降伏勧告状をおくっています。

 

その内容は次のとおり(*)

(特に重要と思われる部分は色を変えて表示しました)

 

1.貴殿の指揮下にある諸部隊は、この沖縄の戦闘において、勇敢によく戦いました。

 また貴殿の歩兵部隊は、わが米軍の賞賛を博しています。

 

2.貴殿は、余と同様に長期間歩兵戦闘を研究し、かつ訓練した歩兵将官です。

 貴殿は、本島防衛軍の悲惨な状態および本土からの増援を望み得ないことは、

 十分にご承知のはずです。これゆえに本島における日本軍の敗北はただ時間の問題です。

 またこの上抵抗すれば、残存日本軍は必ずや大部分殺されることは、余と同じく

 よく理解されておると信ずる次第です。

 

3.我が軍は、現在いな将来も、本島の大部分を確保している現状においても、

 本島は、日本本土空襲の基地として大いに役立っている。貴殿の本島防衛の目的は、

 米軍の本島基地使用妨害でありましたが、これも失敗したのです。現在貴殿の行っている

 抵抗は、日本本土防衛作戦状無益にして、かつまた戦後日本再建に最も必要なる

 青年を無駄に減少せしめるものです。

 

4.部下を幸福ならしめることは、指揮官の最も重要なる義務の一つであるということは、

 歩兵将官として貴殿はよくご承知と思われる。すでに勝敗の決定している戦争において

 部下将兵を助ける何らかの手段があれば、それを遂行することは指揮官の尊敬すべき

 義務です。

 

5.余はこの戦争の最後の勝利を獲得するまでは、容赦なく各戦闘を遂行する。しかしなが

 ら米国および世界文明国の人道主義上、貴殿はすでに勝敗の決定している戦争に無意義

 な防衛をして、最後の一人まで殺してしまうよりは、むしろ部下将兵の幸福を保証する

 ため、直ちに交渉に移るべきだと余は考えます。貴殿の指揮下に在る部隊が休戦すれば

 貴殿は軍事的に的確なる判断を下したという名声を博するのみならず、部下将兵の家族

 および友人の感謝の的となります。これに反してなお戦争を継続すれば、閣下は自分

 自身の虚栄心のため無闇に幾千の勇敢なる将兵を犠牲にしたと言われ、また家名を永遠

 に汚すことになります。

 

6.それゆえ、余は閣下と交渉する準備が整っております。交渉は貴殿から左の如くなされ

 れば結構です。この書面を受け取られた翌日の午後六時に、地上および空中からよく

 見える大きな白布を日本軍戦線内で、沖縄島西海岸に最も近い位置に掲げてください。

 これは閣下の代表者が交渉のため無事に(前線を)通過できるための信号です。

 同日同時刻に、六人以下の代表者を同地の米戦線へ徒歩で来させて下さい。閣下の代表者

 は、直ちに余の本部に護送されます。そこで余は、名誉的であり、かつ秩序正しい休戦

 方法を伝えます。会議終了後、代表者は送還します。代表者が会議に提出する貴殿の

 提案は、必ずや貴殿の名声および高位にふさわしく敬意を以て取り扱います。

 

7.日本の封建時代および近代の指揮官が、既に敗北が決定している戦争において、部下

 将兵を無駄に犠牲にせず、立派に救った幾多の実例の追想を貴殿に促す必要はありませ 

 ん。人道的に考慮すれば、貴殿は、当然彼等の選んだ道を選ぶべきです。

 

8.この通信の公式の書面は英文です。

 

   昭和二十年六月十日

    沖縄島大十軍兼沖縄島全米軍総司令官 陸軍中将 サイモン・バックナー

 

 

 

 

この時点で牛島司令官が勧告をうけいれていたら、と考えずにはいられません。

なぜなら6月中旬以降に日本軍や住民、

ひめゆり学徒や鉄血勤皇隊をはじめとする学徒たちの犠牲が激増したからです。

 

「歴史にifはない」といわれますが

沖縄戦を学ぶたびに

「もしも・・・」と考えてしまう自分がいます。

 

沖縄戦におけるすべての犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。

                                (つづく)

 

 

お読みくださってありがとう。

糸満市からたくさんの愛と感謝をおくります。

 

                       cheese

 

(※)大田昌秀『沖縄戦の深層』高文研、2014年 pp.125-127