私はバレエをやるには向いている体つきだった。体は太らない体質であるため細く、手足もそこそこ長く、頭も小さい。父は学生時代、陸上選手だったため、それを受け継いだ私は運動神経もいい。完全に遺伝だ。この体つきだけは父に感謝している。
先生からは、「あなたは他の子の倍練習しないと人並みには踊れないわよ」とハッパをかけられていた。土日のレッスンに加え、月金もレッスンに通うことにした。基礎をみっっっちり叩き込まれ、数年後には同じクラスだった子達を追い越して上のクラスに上がっていたが、その頃には同期の数人はバレエを辞めていった。

発表会ではソリストやバリエーション(ソロ)を踊らせてもらったり、小学校中学年になった時にはコンクールにも出場していた。でもコンクールに出て最初の2年くらいは全て予選落ち。井の中の蛙だった。でもその当時は欲もなく、コンクールというものをよくわかっていなかった私は、人と争うというよりも、ただただ踊っているだけでよかった。予選落ちでも落ち込むことはなかった。難しい技が決まれば嬉しかった。そしていつしか、バレリーナになりたいと思うようになっていった。

バレエに関して父は理解があった。私は周りの子たちよりも先生にかわいがってもらっていたのは誰の目からも明らかだったし、コンクールに出たりいい役を踊っていたからだと思う。母は他の子の親から、「ちーさたちゃんのママは鼻が高いでしょう?お金もあるのねー。」とよく言われていたらしいが、「そんなことないですよ。私はバレエがわからないから先生にお任せしているだけですよ。」と答えていたらしい。
レッスンで帰宅が夜遅くになっても何も言われなかった(レッスンが無い日の門限は17時なのに)。トウシューズは1足6000円ほどで1回のレッスンで潰れてしまうこともあったし、舞台に立つたびに10万は飛んでいくというのに、それについても言われたことはなかった。でもそれは母が貯めていた給料から出ていたお金だったからかもしれない。

しかし小学校6年になったある日、楽しくバレエを踊っているだけでよかった私に、父は、「中学受験する」と言い出した。するって何?もう意味がわからなかった。