このところ、コロナの流行が凄まじく。
片田舎の私が住む地域でも、さすがに雰囲気が変わってきた。
先日、いつも飲んでいる薬がなくなるため、
特に体調も悪くないが、小児科へ行った。
早々に息子の布マスクに目を付けられ、
不織布マスクをするように注意された。
コロナ前、感覚過敏の息子はマスクができなかった。
やっとやっと苦労して特定の布マスクならできるようになった。
なのに時代はどんどん進み、
マスクは布から不織布へ。
小児科だけではない。
息子のマスクの件で、私はいったいどれだけ謝ってきたのだろうか。
「申し訳ありません。」
「すみません。」
「ご迷惑おかけします。」
できない理由を説明し、謝罪する。
だいたい相手は不満げな表情ながらも引き下がってくれるが。
私は、そんなに謝罪しなければならないのか?
私自身、何か悪いことをしたわけでもなく。
マスクの必要性がわからないわけでもない。
当たり前に不織布マスクを着けている子の親の
何十倍も何百倍もの時間をかけて息子に説明し。
特には叱り、時にはおだて、時には褒めて。
息子が着けられるマスクを探し歩き。
私なりの努力を重ねた。
もちろん、息子が体調を崩している時に連れて歩いたこともない。
息子は苦手ながらも努力して布マスクを着けている。
私たち親子は、努力を重ねても、
そんなに謝罪しないと生きていけないのだろうか。
もし、私がそれほど謝罪をしなければならない罪を犯しているとすれば、
自分や夫の特性に気づかず、
障害を持つ息子をこの世に生み出してしまったことだろうか。