フォロー & いいね!
\ ありがとうございます /
 
数秘33×ADHD気質のわたしの
日常と心が動いたことを綴っています
 
-----------------------------------------------

夏休み初日、早速の波乱


ついに!夏休みの始まり‼️
(10日前くらいに書き始めた記事をそのまま投稿)

学校の宿題は7月中に終わらせるぞー!
の合言葉を声高々に、夏休み初日のノルマはなんとかこなした2人。(声高々なのはママ)


(仕切りは必須)


早速大げんかもあり、早々に先が思いやられる。

課題はゲーム時間…チーン(同士のママ、頑張りましょうね)


そんなバタバタの合間に、ふと思い出したのが学期末にあった懇談でのこと。


じんわり、思うことがあったので、備忘録として残しておきます。


懇談で聞いた、娘のクラスでのこと




5年生のお姉ちゃんの個人懇談の内容です。


話の流れで、お友達との話題になりました。


娘は誰かとつるむタイプではなく、休み時間も一人で読書するのが好きな子。


3年生まで、授業活動以外にお友達と話さずに帰ったということも多々(それは、ほんまかいな⁈)

でも、本人はまったく気にしていなくて

むしろ「学校は楽しい」


中学年くらいからはお友達同士のトラブルも始まると聞いたことがあったから

それがないことは良いことなのか、とも思いながら見守っていました。


声が小さくて、リスポンスも行動も決して早くない。(給食食べるのも一番最後)

タイプによっては、そういう子を疎ましく思う子もいるだろう、、

とも思うのですが、これまでクラスのお友達にすごく恵まれていたんだなぁと思っていました。


誰のことも傷つけない


4年生ごろから、それまで同じクラスになったお友達や幼稚園が同じだったお友達と同じクラスになって、

少しずつ友達の名前も聞くようになりました。(相変わらず休憩中は読書らしいけど)


そんなこともあって、クラスのなかでの娘がどんな存在なのか、先生に聞いてみました。


「学級活動は全く問題ないです。◯◯さんは誰のことも傷つけないし、見えないところでフォローしてくれているのをみんな知っています。なので、◯◯さんが困っていたら、誰かしらが声をかけています。(娘はプールの後震えがちなのですが)プールの後、震えてしまうのも、自分が気づいてあげられないときも、誰かしらが「◯◯ちゃんが震えてる!!」と呼びにきてくれます(笑)」

と。


なんかね、、先生がしっかりクラス全体を見てくれているんだということに感動したし

娘のこともそんな風に見てくれていることが嬉しくて。


一方で、わたしは「娘の周りのみんなが優しい」と思っていたけど

「娘自身のふるまいが周りをそうさせている」ということにも気づかせてもらいました。


思い返せば、娘は幼稚園のころからみんなに「助けてもらえる」子でした。

娘にはそんな才能がある。


頼れない私の原体験



わたし自身は、幼い頃からとにかく

「人に頼る」「お願いする」ことが苦手


「全部一人でなんとかしなきゃ」と、なんでも背負ってきました。


口癖は「大丈夫」


「わたしは人を頼ってない」と思うことで「自分はできる」と思いたかったのかもしれない。

(自分一人でできたことなんて何もないのにね。)


小学校低学年くらいかな

母方の祖母に「(わたし)ちゃんの行動がお母さんの評価になるからね」というようなことを言われた記憶があって。


祖母はきっちりした人で、「良い、悪い」がはっきりしていました。

(嫁姑問題もあって、家庭が休める場所じゃなかったというのもあるみたい。多分当時は珍しくなかったんだろうね)


近くに住んでいたから、子どものころ遊びに行くことが多くて

絵手紙を教えてもらったり、春にはつくし採りにつれていってもらったり。自家製の梅干しは、実家にはないもので、色々な経験をさせてもらった人でもありました。

(思い返すと、実家と真逆の環境)


おばあちゃんのことは好きで、「正しいこと」を教えてくれる人、「こっちのおばあちゃんの言うことはちゃんと聞かないといけない」と思っていたと思う。(実家の祖母は、まぁ、激甘でw)


娘が生まれて出会った小さなわたし


多分、その言葉を言われたのは常にじゃなくて、わたしが間違ったことをした何回かだったんだと思うんです。


でも、幼少期の「それ」が強く印象的で

「わたしの行動は見られている」

「わたしがちゃんとしないとお母さんがダメな人だと思われる」

と、ずっと思ってきたようです。


「自分でやりきる」

「できないと誰かの足を引っ張る」

「できないことはしない」


娘が生まれて、特に数年は、数秘、スピリチュアル的な(?)量子力学やアドラー、仏教とか

色々な考えや教えを知って、そんななかで出会った"幼い頃から形作られた自分"。

それまで、世にいう「生きづらさ」みたいなのはなかったけど(なんとか順応していたらしい)


結構自分、頑張ってたんやなぁって、

自分の中にいる小さな自分を見つけてあげられたことは良かったと思っています。

(そして、やっぱり子どもってお母さんのことが大好きなんだなぁ)


助けてもらえるのは「特別なひと」


生きていると、いつも誰かに助けてもらえる人、仲間がたくさんいる人、にも出会います。


そんな人のことを

「その人は特別な人だ。自分とは違う」

と思っていました。


そんな幼少期だったから、学生時代までの間に

「わたしは助けてもらえない人」という設定を持ってしまって

「だから自分ががんばる」に拍車をかけていたように思います。


これ、

「自分が頑張るから」その(助けてもらえない)現実を引き寄せてますよね。ほんと、コントです笑い泣き


個人事業をして直面したこと


そんなわたしが大人になり

出産・子育て経験から、自分で事業をしたいと考えるようになりました。


始めるのは簡単だったけど、数年やってみて痛感しているのは

「一人ではできないこと/見えない世界がある」

ということ。


数年かけて気づけた

「わたしが握りしめていたもの」


それを少しずつ手放しながら過ごす日々の中


目の前に現れてくれた今回の話。(お得意の話の長さ)


本人はなにも意識していないであろう

助けることで、助けられる。

「自分は助けられていい」という無意識の設定

純粋な行動が、周りも味方にする。


なんか「まとめ」みたいだなぁ、と。


記事の中で一つ一つを紐解いているつもりだったけど

まだまだこのなかにはわたしの設定・前提があって。


アメブロに合わない3,000字弱の記事にしてしまったのでw

今後の記事でも少しずつアウトプットしていきたいと思いますニコニコ