起業4
マンガ喫茶を出るともう外は暗くなっていた。読んだマンガ本5冊。雑誌が1冊。どうりで暗くもなるわけだ、一人ジュンは納得した。ひさしぶりにずいぶん読んだなぁ。昔読んでいた懐かしいマンガだった。こういうときの時間の経つのはやけに早い。問題集とか会社説明会なんかだと時計を見る感覚が短くなって、まださっきから20分しか経っていないことに愕然としたりする。
家路に着く。そのとき携帯電話が鳴った。家からだった。
「今日帰ってくるの?」
母からだ。
「ごはんある?」
かみ合わない会話だ。母は帰ってくるならごはんを用意する必要があるし、私からすればごはんがなければどこかで食べて帰ろうと考えている。どっちもごはんについて知りたいのに会話はかみ合わなかった。
「どこにいるの?」
帰れる範囲か計算されている。
「ごはんあるなら帰るけど、なければ食べて帰る。」
これで相手の出方次第と伝わるだろう。
「帰ってくるなら残しとくし、食べてくるなら好きなの食べてらっしゃい。」
どっちでもいいのね。私が決めるのかぁ。
「じゃあ、帰るから残しといてね。もう家の近くに来てるから。」
「あ、そう。じゃあ、待ってるわ。」
「はい、はい。じゃあね。」
ガチャっと電話は切られた。
「ただいまー。」
「あら、早かったのね。じゃあ、支度するから手伝って。」
「荷物部屋に置いたらね。」
帰ってくるなり人使いが荒い。やれやれ、どうやら一息つく暇もなさそうだ。
そして、いつもの平和の団欒の時。父のパチンコ報告。どうやら今日は勝ったらしい。ビールを飲んでいる。発泡酒ではない。いつもは発泡酒であと少しで勝てそうだったとか次こそは、とチビチビ発泡酒を飲んでるのに。おめでとう!パチンコで得た幸せの証であるビールを飲みながら満足気だ。そんな姿を見ていると人間、深く考えないほうが幸せだと思う。
母は近所にできたレストランの話。お昼を早速食べに行ったらしい。あたしはカップラーメンだったのに。。。まぁ、いいけどね。オープン記念とやらで次回の割引券を持って帰ってきた。量は少ないけど、デザートとコーヒーまでセットになったランチで、味は良かったらしい。ターゲットは完全に女性だろう。見事に一人、ファンを獲得したよ。割引券を使って家族で行こうかと話を持ちかけてるもの。こちらもあまり深く考えないタイプかも。
というわけで、パチンコとビールで幸せを感じる父、新しくできたレストランと割引券で幸せを感じる母。それをちょっと覚めた目で見ている私。進路が決まらなくても、まぁいいか、と思えてくる。もういいか?ダメダメ、流されてはいけない、そう思い直して一線を引いた。
起業3
30ページは就職用筆記試験対策本の問題を片付けただろうか。気付くともうお昼の時間になっていた。休みなのに朝から散歩、問題集とは。遊びに行きたい。でも、周りはそれぞれ進路を決めてそれに向かって取り組んでいる。それに比べて、自分はまだ何をしようかなんて進路は考えても何も浮かんでいない。周りから離されていく不安で押しつぶされそうになる。そんな不安を打ち消そうと何か就職に向けてやっていなければいけないというある種の強迫観念にジュンは捕らわれていた。
問題集を閉じ、ダイニングへ向かうと、テーブルにはラーメンが置いてあった。これでも食べろという意味らしい。母は近所のおばさんとどこかに出かけたようだ。父はおそらく駅前のパチンコだろう。いつもと変わらぬ休日。ポットのお湯を注いで立ち上る湯気を見ながら体中の力が抜けていくのを感じた。イスに座りながらボーっとしていたらいつしか5分も経っていた。ちょっぴり伸びたラーメンをすすると体が温まってくるのがわかった。じわじわ汗がにじんでくる。食べ終わることには額に玉のような汗が浮かんでいた。これからどうしよう?そんなことを考えた。
食べ終えて、一息つくと自然と休日の朝から仲間とワイワイやっていたおじさん達が浮かんだ。楽しそうだったなぁ。自分は休みに一人かぁ。えらい差をつけられてしまったものだ。自分も社会人になったら多くの仲間を作ろう。そして、今の大学の仲間も大切にしよう。ジュンはそう考えた。
不思議なもので、急激な眠気に襲われたジュンは部屋に戻ってベットで昼寝をすることにした。これも休みならではの醍醐味のひとつ。早起きしてウロウロと歩き回った後だったから余計に疲れていたのかもしれない。もっと問題集をこなそうなんて思いは何処へやらである。眠気には勝てない。ベットに横になるやすぐに眠りについていた。
目が覚めると3時を回っていた。今日は午前中は活動的に動いた気がするが、午後はダラダラである。3時という時間もどうも中途半端だ。もうこうなったら近所のマンガ喫茶で好きなマンガをひたすら読むことにする。とにかく何かに集中した状態を作って終わりたかった。そのほうが明日に繋がる気がした。ダラダラの延長で明日があるよりも集中した延長で明日を迎えたかった。わかってもらえるだろうか?でも、単にダラダラとマンガ読むんでしょ、と言われるとつらいところだ。
マンガ喫茶は、半分くらい席が埋まっていた。みんな黙々とマンガを読んでいる。話し声もない。飲食可能な図書館といった感じだ。適当にマンガを見繕って5冊ばかりテーブルにおいて、コーラを用意し、イスはリクライニングを倒した。これで準備OKだ。そして、全てを忘れ、ジュンはマンガの世界にトリップしていった。
起業2
就職したら今のようにみんなと毎日顔を合わせることもなくなる。授業をサボって遊びに行ったり、夜通し語り合ったりなんて日々は消えてなくなる。Bカフェに行けば誰かいるなんてありえなくなる。失われていく日々をいとおしく思った。たぶん、しばらくは週末に集まってワイワイやるだろう。会社に入ってお互い新入社員としてがんばっていく同士という関係だ。でも、そのうち、仕事が忙しくなったり、仕事上の付き合いとかで会う頻度は減っていくことだろう。別れの予感がしてる。
仕事も一段録すると、会社での付き合いだけでなく、趣味とかでつながっていく人たちができて、仕事抜きで楽しむ日が来ることだろう。ちょうど、野球をしていたおじさん達のように。
散歩の途中でいろいろと考えているうちに家の近所まで来ていた。朝早くから散歩したのなんていつ以来だろう。米屋のおじさんが野球をしていることがわかったのも散歩のおかげだ。就職のこともしばらく頭からすっかり消えて、いい気分転換になった。
「ただいまー。」とジュンは大きな声で言った。いくら休みでもいい加減に起きたらとでも言いたそうに。もう9時だ。
「あら、おかえりなさい。朝から元気じゃない。」
さすがに母は起きていた。
「うん。散歩行ってきちゃった。お米屋のおじさんに会っちゃった。」
「へぇ。休みなのに配達は大変ね。」
「そうじゃなくて。野球してたんだよ。」
「野球?そういえば、巨人ファンだったっけ。お店にカレンダー飾ってたわ。」
「ふーん。それで、私、来週おじさん達に野球の後におにぎりを作ってくことになってさ。」
ジュンは事の顛末を説明した。マックで偶然おじさんに会ったこと、野球の試合の後は空いてるお店がなくてよくマックになること、川原でおにぎりとビールの朝ごはんになること。
「ま、がんばってね。」
返ってきたのは、そっけない反応だった。まぁ、女子大生がちょっと顔見知りなおじさんのためにわざわざ休みの朝からおにぎりを大量に作って持っていくというのは確かに奇妙だ。彼氏でもないのに。おにぎり20個も。ツッコミどころは尽きないだろう。そっけない反応も当たり前か。
部屋に戻って、今度は就職の筆記試験対策をした。問題集を開き、時間を計りながら解いていく。前回は時間配分がうまくできず、あせってしまい自爆。今回は気をつけなければと対応できるように準備している。ときどき、こんな試験で何がわかるんだ?と疑問に思うこともあるが、そう言ったところで何の解決にもならないこともわかってた。自分が何を言おうが筆記試験は実施され、受験者は選別されていく。欲しい人材、そうでない人材と。
なんで赤信号で止まらなければならないのか?と聞かれたらルールだからと答えるだろう。結果として、みんながルールを守ることによって、こうなればこうなると予測可能になってくる。それによって、安心と秩序が生まれる。安心と秩序は、みんなが欲求した結果だ。
採用の筆記試験も会社側からすれば、優秀な人材を確保したい、でも、何も根拠なく判断できないから基準が必要だろう。面接は全員を同じ人が見るとしても、やはり人のやることである。そして、万が一、優秀な人材でないと判明したときでも、筆記試験では優秀でしたと試験のせいにできるから自分に被害が及ばない。お前がきちんと選ばないからだろう!と怒られることもない。だから、そのための筆記試験。ジュンは憂鬱になりながら、問題を解いていった。
