ごきげんマインドカウンセラーのミムラです😊

 

 

前回は、心が「両足骨折状態」のときは、焦って走ろうとせず、

まずはしっかりとケアをすることが最優先というお話をしました。

 

 

今日は、その続き。

 

 

自分の感情にフタをして、見ないように、感じないように、
心の奥底にギュウギュウに押し込めて、知らぬ間に30年近くも感情を「塩漬け」にして拗らせていた、私自身のお話です。

 

 

サクッと書くつもりが、かなりの長文になってしまいましたので、

 

 

カップラーメン待ちとか…
駅のトイレの順番待ちとか…
暇つぶし時間に、ぜひ読んでいただけると嬉しいです😆

 

 

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中学までは田舎でのんびり育った私ですが、父の転勤で突然、都会へ引っ越すことになりました。

 

 

時期的に高校を選ぶ余地はなく、親に決められた私立高校へ進学。

 

 

しかしそこは、今でいう「ブラック校則」の塊のような学校でした。
理不尽な校則と、納得のいかない説明にまみれた世界。

 

 

例えば……

 

 

① ルーズソックス全盛期に、当時のJKが最もダサいと恐れていた「ピッタピタの白のくるぶしソックス」を履かされる。

② スカートの長さは膝下10センチ。(裾が膝の裏に当たってカユイ!)

③ 髪型は肩まで伸びたら黒ゴムで結ぶ。でもポニーテールは禁止。

 

 

①と②は、品格や規律という観点から、なんとなく理由は理解できましたが、どうしても③だけは理解できず、一度担任に確認したことがあります。
「なぜポニーテールはダメなんですか?」と。

 

 

返ってきた言葉は…

 

 

「ポニーテールは男子生徒を刺激するから」

 

 

……ん??はい?

 

 

私は女性だから分からないだけなのか?

もし、男性の読者の方がいたら、詳しく教えてほしいです。

 

 

……いまだに謎が解けない理不尽校則。
当時はもっと理解できなさすぎて、顎が外れるくらいぽかーーんとしました。

 

 

他にも謎の細かいルールが存在し、その謎に従わざるを得ない毎日。

 

 

それに加えて、先生たちはいつも偉そうでした。

校則を守らせるために必死になっている大人を見て、
私はいつしか、「大人ってダサい」と思うようになりました。

 

 

「尊敬できない大人の言うことなんて聞けるわけない」とも思っていました。

 

 

かといって、強く反抗する意味も感じられない。

 

 

「どうせ話なんて通じない」そう思っていました。

毎日、イライラするために学校に通っているようで、とにかく学校が大嫌いでした。

 

 

毎朝、ギュウギュウの満員電車。
ピリついたサラリーマン。
ヒステリックなキャリアウーマン。
油断すれば痴漢にあう。

 

 

サラリーマンやキャリアウーマンが悪いわけではありません。(痴漢はダメです!)
高校生だった私には、大人も必死に頑張っているなんてことは知りません。
ただただ、恐怖と不快感をやり過ごすために息をひそめる。

 

 

なにしろ、田んぼ育ちの私はほとんど電車にも乗ったことがなかったもので……

 

 

そんな我慢の先に待っている学校では、あれダメこれダメ、ああしろこうしろと毎日言われる。
あまりの息苦しさに、ある日、「学校を辞めさせてください!」と母に訴えました。

 

 

そのとき返ってきたのは…

 

 

「お願いだから、私を困らせないで😭」という母の言葉でした。

 

 

私の母は、怒らない優しい人でした。
怒らずに、ただただ悲しい顔をしている母を見て、「申し訳ない」という気持ちが溢れました。

 

 

怒られていたら、まだ反抗できたのかもしれませんが、

 

 

本能的に、

 

 

「あ、この話はしちゃいけないんだ」

 

「私が少し我慢すればいいんだ」

 

「私の本音は、大切な人を悲しませてしまうんだ」

 

 

そう察した瞬間、私の心の中に強固な「思考の癖」が出来上がりました。

 

 

もちろん、当時はそんな自覚はありません。

 

 

それでも、毎日イライラし続けるのはもう限界。
だから私の防衛本能は、ある「生存戦略」を選びました。

 

 

それが、感情のスイッチを完全にオフにすること。

何も感じないように、何も思わないように、心を麻痺させる。

 

 

当時の私は、それ以外に自分を守る方法が分からなかったんですね。
大人になった今なら、当時、母もまた新しい環境に適応するために必死だったんだと理解ができます。
そして、母も自分を守る方法をそれしか知らなかったんだ、と。

 

 

そうして心にフタして過ごした結果、気づけば高校3年間の記憶は、ほとんどなくなっていました。

 

 

体育祭や修学旅行の思い出もない。
クラスメイトの名前はおろか、仲の良かった友達の名前も1人しか覚えていません。

 

 

ハッキリ覚えているのは、自分の心の中にある膨大な「感情の数」に対して、
それを表す「言葉の数」が圧倒的に足りないと思っていたこと。

 

 

そしてその答えを探すかのように、ただひたすらに本や漫画を読みあさっていたこと。

 

 

しかし表面上は、いつも友達を笑わせることに全力を注いでいる「楽しい人」でした。

 

 

でも、私自身が心から笑えていたかと言われればそうではなかったので、
周りからは「何を考えているか分からない人」と思われていたかもしれません。

 

 

なぜなら放課後、友達に合わせて駅のトイレでピッチピチソックスからルーズソックスに履き替えてたり、
スカートを短くしたりしていました。
でも心の中では、「めんどくさ…」と思っていましたから。

 

 

時々、駅に見回りの先生がいました。
見つかれば、捕まって怒られます。

 

 

一生懸命怒る先生と反抗する生徒。
そのやり取りを見て、「これには何の意味があるんだろう。本当に無駄な時間だな」
と冷ややかに感じていました。

 

 

そのうち友達と遊ぶのすら、めんどくさいと感じるようになっていました。
でも、誘われれば遊んでいました。
カラオケでものまねしたり、プリクラで変顔したり。

 

 

頭では早く家に帰って、本を読んだりゲームをしたいな〜と思っていましたが、
それには気づかないようにしていた気がします。

 

 

大きな辛い出来事ではないけど、
「当たり前の日常にジワジワと押しつぶされる」ような恐怖心を感じていました。

 

 

本当はあった「怒り」や「やりたくない」を
頭で「めんどくさい」「無駄だ」と片づけ、
心が「何も感じない」ようにフタをする。

 

 

こうして出来上がった「思考の鎧」と「感情の塩漬けグセ」を、
私はその後、40歳を過ぎるまでずっと引きずり続けることになります。

 

 

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大人になってからも、心の感覚より、頭の「頑張らなきゃ、前を向かなきゃ」に従っていました。
心が何かを感じたときは、「私が変なんだ」と言い聞かせていました。

 

 

そんな私の「塩漬けのフタ」が、いよいよ限界を迎えるきっかけになったのが、子育てでした。

 

 

長女が生まれ、子どもたちが成長していくプロセスの中で、少しずつ感情のフタが開き始めていました。

 

 

子どもと接するとき、子どもに関する出来事に直面したときだけは、どうしても心にフタをすることができない。
私の中にある素直な「嬉しい」「楽しい」「かわいい」「守りたい」、そして「悲しい」「苦しい」「心配」。

 

 

内側から溢れ出る感情に思考が追いつかなくなっていました。

 

 

高校生の頃から30年間、頭だけで処理してきた世界に、圧倒的な熱量の「感情」がなだれ込んできた。
そして、頭と心の乖離(かいり)がこれ以上ないほど限界を迎え、処理しきれなくなった結果……
(じつに、長女が生まれて15年ほど経った頃のことです)

 

 

ついに体が悲鳴を上げ、

 

 

2回の気絶と適応障害、

 

 

過度のストレスで体が震えて声が出なくなる

 

 

という状態を経験しました。

 

 

そこまできてやっと、初めて自分と本当の意味で向き合いました。
「生き方を変えたい!!」「子どもたちを守れる母でありたい!」

 

 

初めて、
「こうしなきゃ!」ではなく、
「こうしたい!」をちゃんと感じました。

 

 

これまでの出来事ではなく、自分の中に存在する「想い」を今の自分が受け止めたとき。
私の中から「やりたいこと」が、ブワッーーーと溢れ出てきました。

 

 

その間、じつに30年…。

 

 

今では、自分の感情を無視しない・放置しないと決めています。
自分の感情を後回しにすることはとても危険だと、身をもって知ったからです。

 

 

感情を感じることが怖かったのは、それ以外の自分を守る方法を知らなかっただけなんだと気づいたからです。

 

 

過去の自分が「ダメ」なのではありません。
大事なのは、「心の順番」です。

 

 

ネガティブな感情も、ポジティブな感情も、まずは「感じる」こと。

 

 

自分が何を感じたのかちゃんと知ることで、自分の「ごきげん」を守る適切な方法が見えてくるのです。

 

 

心のメンテナンスが進むと、自然と、
「あ、私これやってみたいかも」
という希望の芽がピョコッと顔をだすようになります。

 

 

しかし、真面目で繊細な人ほど、

 

 

「感情に向き合う時間なんて意味あるの?」

 

 

「非生産的じゃない?」

 

 

と思いがちだったりします。

 

 

実はそれこそが、当時の私と同じ、繊細だからこそ論理的に考えようとする「心の防衛」であり、
心の順番を知らないことで起こる勘違いなんです。

 

 

他人に優しくて共感力が高い人ほど、自分の感情だけをずっーーと後回しにしてしまう。
そうして感情を後回しにし続けると、頭では理解しているけれど心は納得していないという
「心と脳の乖離(かいり)」が始まり、深い生きづらさにつながっていきます。

 

 

脳の仕組みとして、私たちの「行動」や「エネルギー」の源泉は、思考ではなく【感情】です。
どんなに頭(脳)で立派な目標を立てても、心(感情)が骨折して冷え切っていたら、脳は「動け」という指令を体に出せなくなってしまいます。

 

 

つまり、感情を無視することこそが、人生において最大の「非論理的」な行動なんです。

 

 

もし今、

 

 

「前を向けない」

「やりたいことが分からない」

「〇〇と比べたら、恵まれてるんだから頑張らなきゃ」と

 

 

自分を責めているなら、それはあなたが弱いからではありません。
ただ、心の順番が逆になっているだけかもしれません。

 

 

誰かの頑張りと、自分の辛さを比べる必要はありません。
まずは、その塩漬けにしてきた大切な感情のフタを、外してみませんか?

 

 

信頼できる誰かにウワーーっと、話すだけでもいい。
紙やノートにグワーーっと、書き出すだけでもいい。

 

 

感じた「想い」や「本音」や「感情」を、今のあなたで感じてみてください。

 

 

きっと何かが変わります🌸

 

 

あなたの「塩漬け」になった想いは、どんな味ですか?
私のは、浸かりすぎて超しょっぱかったです😆

 

 

でもそれを知ったからこそ、人生を味わえているのかもしれません。

 

 

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些細な出来事がきっかけで、感情を30年も塩漬けにしてしまった私。

だからこそ、同じような思いをしている人には、30年も経つ前に知ってほしい。

心には、本当の「順番」があるということを。

 

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