みーちゃんの事を見ていると、不思議なことが起きる。

みーちゃんが赤ちゃんの頃には、とっくに忘れていた自分の小さい頃の記憶が蘇った。
自分が歩く小さな足元をフラッシュバックのように思い出したり、みーちゃんの泣き顔を見て、自分が同じような境遇だった時の感情が思い出されたりした。
みーちゃんがどんな事が悔しくて、どんな事が嬉しくて、どんな時に悲しいのかが手に取るようにわかった。
私も当時同じ時に同じように感じていた気がしているし、きっと同じ顔で泣いたであろう。笑ったであろう。

みーちゃんが4歳には、自分が4つだった時の事を。
みーちゃんが入学すれば、自分の入学の頃を思い出す。
すっかり忘れていたような事も、ポロポロと思い出す。

昔々、幼稚園に行く道すがら、雨が降った日にパン屋の前で車をとめ、お昼のお弁当を買った事があった。
みーちゃんのママは4人兄弟の3人目だから、母はいつも忙しそうだったし家はいつも騒々しかった。
あの日はきっと、お弁当が作れなかったんだろう。「なんでも好きなの、買っといで」と母にお金を渡され、ひとりパン屋に入った。焼きそばパンとクリームパンを買おうとして、いつものクリームパンじゃなく、生クリームがみちっと詰ったコッペパンを見つけた。白い生クリームに赤いチェリーの缶詰め(グミみたいなやつ)がのっていて、それが宝石みたいでドキドキしながらレジでお金を払った。とても高いかもしれないと思ったのだ。
その頃ママは小さくて、お店のおばさんはとても驚いて「なぁにあなた、一人で来たの?お母さんは?」と聞かれた事を覚えてる。一瞬、あ、大人がいなきゃ駄目だったのかな…と不安になったが、おばさんは「あー車にいるの、偉いわねぇ」と笑いかけてくれた。
そんな思い出を、2歳のみーちゃんがイクラにうっとりとして「あかくてほーせきみたい…♡」と言った瞬間に思い出されたりする。

先日みーちゃんが「『よい歯のバッチ』が貰いたい」と言った。『よい歯バッチ』は虫歯が0だと貰えるバッチで、私が小学生の頃にも皆校帽につけていた。みーちゃんは虫歯がありますの紙を貰っていたので、歯医者に行った証明書を出せばバッチが貰えるらしい。「虫歯があるの、みーちゃんとあと一人だけで、馬鹿にされちゃった」と寂しそうにしてる。
ママは記憶が一気に引き戻された。
昔、ママもよい歯のバッチが貰えなかった。ママの頃は証明書を出したら後から貰えるシステムじゃ無かったから、検診一発勝負だった。事前に歯医者に行ったりしてやっと貰えた時には、周りの子は2つ3つバッチを付けていて、4つ付いてる子もいた。
誇らしげにバッチをつけて学校に行った日、帰りに隣の席の男子が「それ、俺の『よい歯のバッチ』だ」と指さしてきた。「は?違うし」「いや、俺のやつが無くなったんだもん」と言う。無視して帰ろうと歩き出したら突き飛ばされて「今まで一個も貰ってないんだから、嘘ついてんだろ」と言われた。最高に腹が立ったし悔しかったが、ギャラリーも増えてきて、その頃クラスの男子よりずっと背が高かったママは恥ずかしくて泣いたりは出来なくて「これは私が貰ったんだよ!でもいーよ、くだらねー事言うならやるよ!」とその子にバッチを投げつけて突き飛ばし返して帰った。走って帰ったら珍しく母がいて、ゴロゴロしていたので泣きながら事情を話すと「それは、女を上げたねぇ。今頃その子後悔してるよ。そんなちっぽけな物いらないいらない」と笑ってくれた。次の日に学校に行くと、机の上に『よい歯のバッチ』が置いてあり、私は次の年『よい歯のバッチ』を目指さなかった。
寂しそうなみーちゃんに「必ずバッチが貰えるなんて、良い時代になったよ。ママも昔馬鹿にされて嫌だったよ」と言うと「え!そうなの?それでどうしたの?」「えー、ムカついて、バッチなんていらねーよ!て言った」「えー爆笑あはは!みーちゃんはいる!」みーちゃんは後日歯医者に行って、ちゃんと『よい歯のバッチ』を貰った。

みーちゃんとママは同じようだし、違うようだ。
みーちゃんが心配な事と、ママが心配な事は違う。みーちゃんがかわいいと思うものと、ママがかわいいと思うものは違う。でも、みーちゃんがママの思い出を笑ってくれたりするとママはその事をスルッと忘れたりする。浄化されて行くのかもしれない。
ママには出来なかった事、みーちゃんには出来ること、みーちゃんはママよりずっとカラッと明るくて、切り替えられるタイプだし、愛を受け取るのが上手だ。ママはみーちゃんに、小さな自分にかけたかった言葉をかけ続けている。時たま、パラレルワールドのような、違った自分の人生を見せてくれているようだなと感じる。
みーちゃんはみーちゃんの好きに生きるのが良いよ。
ママは、みーちゃんを信じているなぁと実感するよ。